俺たちに無駄に我慢できる一年はない

みんな言ってることだが、俺にも言わせてくれ。

俺たちに無駄にできる時間はねえ。あっという間に10年が過ぎた。

今の部署は繁忙職場だから、異動になるまでの数年だけ、残業多くても我慢しよう

とか

嫌な上司がいるが、この一年だけ我慢しよう

とか

週末を楽しみに平日は我慢しよう

とか

昨日徹夜長時間オナニーしちゃったから、今日は昼過ぎまで寝て充電だけの日としよう

とか、俺はつい考えがちだ。

でも、ちょっと待て。皆が何歳かは知らないし、俺がいつ死ぬのか知らないが、俺たちが元気に活動できる時間は限られている。例えばあと30年だとしよう。

上のように考えていい奴は、永遠に生きる奴だけだ。死ぬ俺らは、数年たりとも、一年たりとも、数日たりとも、一日とりとも、一時間たりとも、本当は無駄にできる時間など、我慢してやり過ごす時間などない。

30年のうちの数年だぜ。一年だぜ。でかい割合だ。30年あるかどうかも分からない。いつ時間ですよが来るかも分からない。

週末のために、平日はやり過ごすなどと考えている人間は、一日くらいはオナニーで無駄にしてもいいかとか考える俺みたいな奴は、一年、数年単位でも、同じように、一年くらい我慢してやり過ごせばいいやとなりがちだ。

今できることは、今しかできない。今やりたいことは今しかできない。今しかやりたくない。

今日も満員電車に揺られ職場に向かうわけだが、考え方を変えるしかない。仮に仕事で時間拘束されるの嫌だなと思っても、今日できることは、今日という日を、今日の一時間を楽しむようにやるしかない。我慢ではなく。

我慢しよう、などと思っていたら、いつまでも我慢する人生になる。

例えば気弱な奴。ここは自分が譲ればいいんだ。長期的に見ればそちらの方が良いんだ。自分が我慢すればいいんだとか考えるのはどうか。いつまでも譲り続ける、我慢し続けることになる。そして誰も俺たちが我慢していることなど気に留めない。自分を見てやれるのは自分と家族とかだけだ。本当は人生に長期的視点など必要ないのではないか。

俺たちにあるのは今しかない。

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