資本主義では欲望を満たす財ばかりが増え、これ以上幸福になれない

生き方

よく言われる話かもしれんが、俺にも言わせてくれ。

今の資本主義はその役割をほぼ終えた。資本主義は人間を飢餓から救い、多くの病気を治し、快適な衣服と住居をもたらし、余暇の時間を与え、寿命を延ばした。資本主義が生産性を高め、世の中に多くのモノ、サービスを運んできたからだ。

人間が生存するためのモノやサービスが不足していた時代と比べたら、人間は幸福になった。のかもしれない。だが、生存に必要なモノが十分に供給された国では、資本主義はもはや人間の幸福をこれまでのようには高めない。

資本主義の中での「お金」は、投票権だ。この世の中にどんなサービスが増えてほしいかの投票だ。そしてその投票は理性で行われることはほとんどない。何がほしいか、何に金を使うかという投票は、人間の欲望を元に行われる。

だから、今の社会は、生存に必要のないサービスや娯楽などで溢れかえっている。例えばエロ産業だって、ギャンブル産業だって、エンターテインメント産業だって、本来生きていくのには必要ない。ネットなど生活を便利にするものだってそうだ。それらの財は人間の生活を変えたが、果たして人間が幸福になったかというと分からない。

便利なモノやサービスを否定する気持ちはない。自然に帰れというわけでもない。

ただ、欲望をベースにした資本主義には限界があるということだ。これ以上、人間の欲望を満たす財を、人間に快適な暮らしを提供するサービスを増やしていっても、人間の幸福は直接増大していかない。限界効用にも似ている。

ではどうしたらよいか。お金の使い方、つまり投票の仕方を欲望をベースにしたものから、変えることだ。半分はこれまでどおり、欲望による投票でいい。もう半分を別の形にすることだ。

今の社会でも欲望によらない金の使い方が残っている。例えば、税金や寄付だ。税金を拡大しろなどと言わない。公共部門は逆に小さくなるべきだ。なぜなら、投票者が自由に税金の使途を決められないシステムだからだ。これでは効率的な金の運営は難しい。公務員が仮にどんなに優秀で公正でもだ。

寄付のようなものを拡大する。これまでのような任意の寄付ではない。いわば強制寄付だ。税金みたいなものだと言われるかもしれない。ただ、重要なのは、その支払い先を自分で決められることだ。欲望によらず理性で考え、自分を世の中を幸せにするだろうと思われるサービスやモノを生産している人や企業に寄付をしなければならない。税金みたいに各人に一定額を課すのだ。社会主義、計画経済とは全く異なる。

欲望と理性によるお金の投票を両立すれば、もっとうまく幸福になれると思っている。欲望だけに従って生きていても一人ひとりの人間が幸福になりづらいことと同じことだ。欲望は必要なものを教えてくれる有難いものであるが、幸福への精緻な羅針盤にはなりえない。

ベーシックインカムや暗号通貨はこのシステムと相性がいい。寄付税金の管理などを公共機関にやらせれば、所管する公共機関の増大が免れないが、暗号通貨を使えば、それを最小限に抑えられる。そしてベーシックインカムを使って、いわば投票権を配布する。

ベーシックインカムを始めれば、人の労働意欲が薄れ、この世の中に必要なモノやサービスの供給ができなくなる等という人がいるが、そうは思わない。例えば日本では、生存に必要な量の食・衣・住をまかなうのに必要な労働人口は、全人口の3~4%位だと言われている。資本主義はそれほど生産性を高めたのだ。ほとんどの人間は、生存に必要のないサービスやモノを生産しているか、生産しているつもり、働いているつもりになっているだけだ。

たしかに、ベーシックインカムを導入すれば、モノやサービスの総量は減っていくかもしれないが、それはそれでいい。働く気力が減って、リラックスしてもいい。その方が、人間が求める幸福の形に近いと思うからだ。毎日家族との時間も取れないほどに労働時間を拘束されて働いて、サービスやモノを溢れさせても、自分たちが幸せになっていないことに気が付くべきだ。

もうすぐ新しい資本主義の世界が来る。

と、生存にも種の保存にも結びつかない、エロ動画という最高のエンタメサービスを消費しまくり、欲望だけに従うオナニー依存となった俺が、申し述べるのです。

 

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