【青春スポーツ小説】「この世に女はいないと思え」第7話 

スポーツ小説

(四)

春也は目の色を変えて部活に取り組んだ。これまでも必死になってやってきたつもりだったが、取組みや考え方を変えてみて、自分は甘かったと春也は感じた。練習中だけでなく、トレーニングも、食事も、休息も全て本気になってやろうと決めた。良し悪しは別として、毎日ウエイト場に足を運び、皆が話しながらトレーニングしている最中、ひとり黙々とトレーニングに励んだ。練習だけでは走り込みが足りないのではないかと考え、グラウンドでひとり何本も何本もダッシュをした。トレーニング後には30分以内に高タンパクの食事やサプリメントを採る。春也は皆と同じ練習をしていても、チームメイトより疲労が溜まりやすいと感じていたので、疲労回復には人一倍気を遣った。なるべく夜10時までに就寝し、毎日10時間くらい寝たし、練習後やトレーニング後には疲労回復専門のサプリメントを採ったりした。冷温交代浴なるものが疲労回復に良いと聞き、練習後に皆と行く銭湯で、水風呂と熱い湯に交互に浸かり出した。

それでもやはり、急に何かが変わるわけではなかった。練習では相変わらず緊張したし、ミスも多かった。ボールが回ってくるチャンスがあっても、気持ちばかり先行して、緊張のせいか自分の体が固まって動かなかった。他の2年が徐々にチームの戦力として成長してきているのに対して、春也はまるで戦力としてカウントされていないことを自分でもよく分かっていた。練習後に感じる自己嫌悪は依然として強くあった。

自己嫌悪に苛まれたり、恥ずかしい等と思ったりしていても仕方ない。周りにどう思われているか等、どうでも良いことだと春也は自分に何度も言い聞かせた。春也は変わりたかった。体の小さな自分も、弱そうな自分も、不器用なくせにせこい自分も、おどけてピエロになる自分も、何もかも嫌だった。鬼や天狗の集まりのような部の先輩達に憧れて、春也は自分もその一員になりたいと願ってきたが、自分だけが今でも弱いままで、そういう集団の一員には全くなれていないことも嫌だったし、そんなことを考えている自分も嫌だった。強がりを捨て、恥も外聞も捨て、一心不乱に取り組みたかった。

大学構内を、肩をいからせて強がって歩くことはやめた。強がったしゃべり方もチャラ男達に不必要な視線を投げるのもやめた。中途半端に伸ばしたり刈ったりしていた髪型は、安物のバリカンで毎度坊主頭にした。夏は毎日、白色無地のTシャツと紺色のショートパンツを穿き、それ以外は身に付けなかった。外から見える限りは、強がりを捨てられたように思えたが、中見に変化はなかった。いつも弱気で、だからこそ虚勢を張りたがる自分がすぐに顔を出した。それでいて、ひとたび馴れ合うと、友達にも先輩にも必要以上に卑屈になって体が自然に媚を売る。

そんな自分を変えるために、まずは自分のついてきた嘘を精算せねばならぬと春也は思う。他人から見ればどうでも良い嘘であったかもしれないが、春也は自分が大学に入る前、サッカー部に所属してきたと嘘をついたことを1年以上気にしてきた。もちろん、嘘が思わぬところでばれぬように気が休まらなかったということもあるが、それ以上に、そんな情けない嘘をついた自分に対する嫌悪が強かった。その小さな嘘が、自分の小ささを全部表しているように思えた。

八月の頭、練習後に荒藤と佐崎と食事に定食屋に行った際、春也は意を決して、

「あのさ、今更なんだけどさ、おれ高校の時サッカーやってたて言っただろ。あれ、ほんとに情けないんだけど・・・嘘でさ、ほんとはサッカー部を1年の途中でやめたんだ。練習がしんどくて。サッカー部だったのは小学生の時だけで、中学では軟式テニス部だった。けっこう練習厳しかったんだけど。」

そう言うと、荒藤と佐崎は飯を掻き込む手を一瞬止めて、笑いをこらえているような、呆れているような、なんとも不可解な表情を作ったのち、

「はあ?」

とだけ荒藤が言う。春也はどきどきして次の言葉を待っていたが、目の前の2人は特に言葉を続けず、また下を向いて黙々と飯を口に掻き込み始めた。大方飯を食い終わったところで、

「どうりでな。なんかおかしいと思ったわ。おれがサッカーの話しても全然乗ってこないし。去年一度、練習後に皆でサッカーやった時あったろ。あの時も、こいつサッカー部だった割に下手くそだなと思ったわ。なるほどな。でもなんでそんなウソついたん?」

佐崎が笑いながら言った。荒藤は佐崎の隣で呆れたという風な表情で黙っている。

「深い理由はない。ただ、高校の時部活やってなかったと言いづらくて。」

春也が言うと、

「深い理由はないだ?この期に及んでかっこつけんな。ったく、しょぼい嘘つきやがって。それがお前のせこさを全部表してるわ。どうしようもなくしょぼいな。」

荒藤が答える。口調はきつかったが、別に怒っているわけではなかった。春也が練習中、ミスをしたり、相手に情けない倒され方をすると、荒藤はいつも口汚く春也を罵る言葉を投げたが、春也にとっては、荒藤のこういう歯に衣着せぬ言い方は逆に有難かった。変に気を遣って、「そうか、嘘だったか、まあ気にすんなよ。」等と思ってもいない言葉をかけられるよりよほど気が楽だった。荒藤に罵られることで、自分で自分を罵ることをせずに済んだ。荒藤は同学年や後輩部員に対して傍若無人に振る舞ったが、誰もそのことで荒藤を不快に思っている者はいなそうだった。荒藤の不思議な魅力だった。

荒藤や佐崎が春也の嘘を実際のところどう感じているのか、春也はよく分からなかった。どうでもいいことだと思っているようにも思えたし、荒藤が言うように、自分の情けなさを表す大きな嘘だと思っているかもしれなかった。2人とも呆れていることだけは確かだったが、春也はとにかく、嘘を正直に言ったことで気持ちが楽になり、

「申し訳ない。とにかく自分が情けなくて、恥ずかしい。」

多少おどけた口調で、努めて明るく春也は言った。

「ほんとに情けないとか恥ずかしいとか思ってるか。いいか、これはほんとに情けない嘘だぞ。小さな嘘のように見えて、お前の生き方を象徴する大きな嘘だ。ほんとに反省しているかも怪しいな。お前は嘘をつくのがうまい。言葉の嘘だけじゃなく、体でも嘘をつく。お前の生き方が嘘みたいなもんだ。ほんとに情けねえな。お前は詐欺師に向いてるよ。このまま一生嘘をついて生きていく。お前はもともと俺たちとは種類が違う。ロールプレイングゲームで例えたら、俺たちは戦士だ。お前は商人か、踊り子だな。」

荒藤が言う。春也には返す言葉がなかったが、しばらくして口を開いた。

「…そろそろ銭湯行くか。風呂入って着替えて、さっぱりしたい。まあ着替えても、結局今と同じ白いTシャツとハーフパンツだけどな。はは」

春也は、荒藤の言葉で多少なりとも動揺していたが、気にしていない風にして、この場から離れようとした。普通の男なら、あのように言われたらカチンと来て喧嘩になったりするのだろうか、おれには闘争心が欠如しているのか等と春也は思う。

「ふん。同じ服ねえ。お前、最近そのTシャツとハーフパンツ買っただろ。あんまり色気づくなよ。毎日同じ服着ているからって、ふっきれたことにはならん。逆に、見た目に関して必死なようでみっともない。ほんとにふっきれている奴は、おれみたいな恰好になる。こういうのが本当のおしゃれだ。」

荒藤が言うと、

「お前のそのパジャマみたいな恰好が本当のおしゃれか」

佐崎がからかうように言うと、荒藤が照れたように笑い、春也はようやく救われた気持ちになった。

コメント