【青春スポーツ小説】「この世に女はいないと思え」第20話

スポーツ小説

花火が終わり、3人揃ってバスで大学近くの住宅街まで戻って来ると、

「まだ遅くないし、ちょっと飲みにいかない?合宿も終わったし、たまにはいいよね。」

と成田が言った。これからどうやって早紀達を誘おうかと春也は考えていたところだったので、成田の提案を渡りに船とばかりに、

「お、いいね。行こう行こう。」

と勢い込んで賛成した。すると、

「私は明日、朝早くからバイトだし先に帰らなきゃ。ごめんね。今日はありがとう。楽しかった。」

と早紀が言う。成田が誘うからには、早紀も必ず来るものだと思い込んでいたので、春也は動揺した。早紀が来ないことがひどく残念だったし、成田と2人きりになってしまうことにも戸惑いがあったが、一度勢いこんで賛成した手前、今からやはり行かないというわけにはいかなかった。とはいえ、行かねばならないとなれば、気持ちを切り替えて成田と飲みに行ってみるのも悪くはないかもしれぬと思う。成田と飲みに行きたいという気持ちは特段なかったものの、こうして誘ってもらったこと自体が単純に嬉しかったし、女性と2人きりでどこかへ行くということも新鮮に感じた。

 早紀の家の近くであるというバス停で、早紀と別れた後、どこの店に行こうかと春也と成田は相談したが、既に繁華街を通り過ぎ、大学近くの住宅街まで戻ってきてしまったこともあって、なかなか適当な店が思い浮かばなかった。

「じゃあ、部屋散らかってるけど、うちで飲む?ここから近いし。少しならお酒もあったと思う。」

と、成田が言う。女性の部屋に行くということに抵抗はあったが、成田の口調が自然だったので、そう深く考えるものでもないのかと思ったし、男が女の部屋に行くのを警戒するなどおかしな話だとも思ったので、結局2人は成田の部屋で飲むことにした。コンビニで酒と食べ物を買って、成田の部屋に入ると、女性の部屋にしてはかなり散らかっているという印象を春也は持った。とはいえ、女性の部屋に行くこと自体が初めてだったし、皆こんなものなのかもしれないとも思う。ダイニングキッチンと洋室だけのシンプルな部屋で、証明がやや暗い気がしたが、春也の4畳半の下宿と比べて、大学生の一人暮らしの住まいとしては十分だ。洋室の炬燵テーブルにビール缶とつまみの食べ物を置いて、乾杯をしたが、夕飯を食べていないので、食べ物ばかりに箸が行った。しばらく、今日の花火の感想など、取り留めのない会話をした後、

「お客さんがいるところ、あれなんだけど、ちょっとシャワー浴びていい?かなり汗かいちゃって、体がべとべとする。」

と成田が言う。春也は違和感を持ったが、成田との会話も途切れ途切れで、あまり盛り上がってもいなく、決して居心地が良いとは言えなかったので、

「いいよ、いいよ。気にせずシャワー浴びてよ。」

と答えた。成田が風呂場に行ってしまうと、解放されたような気分になった。もし荒藤が女の部屋に一人きりともなれば、タンスなどを勝手に開けて、女の持ち物を物色するかもしれないな等と想像した。春也にはそんな趣味はなかったので、しばらく一人つまみなどに手を伸ばしていたが、手持無沙汰に感じて、携帯を見てみると、荒藤からメールの着信が4件もあった。

―――今どこだ。まだ花火の会場か。お前らを見失った。―――

―――連絡まだか。何してる。いまどこ―――

―――合流の話はどうなった。待ってる。―――

―――どうなってる? 無視すんな。もう待てん。―――

意図的に荒藤のメールを無視していたわけではなく、早紀や成田への対応を優先させていたため、すっかり荒藤を合流させるということを忘れていた。

―――すまん、返信遅れた。メール見てなくて。今どこ?今日は合流無理かもしれん。チャンスがあればつなげる。早紀ちゃんはすでに帰った。―――

と返信すると、

―――もう家―――

返信が遅れたことに怒ってでもいるのか、荒藤からそれだけメールが返ってきた。どう返信しようかと携帯を見ながら思案していたところに、成田がシャワーから出てきた。

「また荒藤くんとメール?ははは」

髪の毛をバスタオルで拭きながら成田が聞いてきた。春也は携帯の画面から顔を上げて、成田の方を振り向いたが、薄手の黒いタンクトップとショートパンツを穿いた成田が一瞬下着姿に見えて、慌てて目を伏せた。それに気付いてか気付かずにか、まだ体から湯気を出してまま、成田は春也のすぐ横に座り、

「ああ、さっぱりした。ごめんね、待たせて。」

と言った。春也は携帯画面を見ながら、横目で成田をちらと見ると、薄手のタンクトップを意外に大きな胸が押し上げていて、日に焼けていない脇の辺りの肌が白く見えた。シャワーを浴びたばかりで、まだ水分を含んだ肌が紅潮している。春也はまだ携帯画面を見ているようなふりをしながら、

「シャワー早かったね。全然待ってないよ、大丈夫。荒藤とまたメールしてた。」

なるべく平静を装って言ったつもりだったが、自分の声が固くなっているのが分かる。つまみばかり食べていて、大して酔ってはいないはずだが、鼓動が速くなっている気がした。

「荒藤も暇だからね。呼んだら多分喜んでここに来そうだな。」

春也は冗談ぽく、成田に笑顔を向けて言ったが、成田の顔は笑っていなかった。春也は笑顔を作ったつもりであったが、自分がうまく笑えていなかっため、成田の表情も動かなかったのだろうと思う。シャワー後の成田の顔をそこで初めてよく見たが、普段から化粧をあまりしていないのだろう、シャワーを浴びても成田の顔に大きな変化はなかった。

 シャワー後のいつもの作業なのだろうか、成田は顔にクリームを塗ったりしていたが、会話は途切れ、このまま成田と2人きりでいるのが春也にはひどく窮屈に思えた。成田もそれに気が付いたのか、

「あんまり落ち着かない感じ? ごめんね、部屋も散らかってるし、リラックスできないでしょ。」

と言ってきた。

「そんなことないよ。大丈夫。でも、良かったら、今から荒藤の家行ってみない? ここから近いし、あいつも成田さんと会いたいみたいなんだ。この間は途中で帰っちゃったけど、あいつ話すと面白いんだ。」

「え、今から? 別にどっちでもいいけど…。荒藤くんが来てほしいって言ってるの?」

「うん。」

自然に合流させるという話は諦めて、荒藤が望んでいると言った。結局、2人は今から荒藤の家に行くことにして、成田が風呂場で着替えてくる間、春也は荒藤にメールを送った。

―――今から、お前の家に成田と向かう。いいな。―――

荒藤からすぐに2件の返信があり、

―――まじで? 俺の家?どうしよう。心の準備ができていない。どうしたらいい?俺はしぶしぶお前らを迎え入れるという体でいいんだよな。――

―――待て。ちょっと考える。落ち着け。俺にも準備がある。部屋が散らかっている。片づけるべきものもある。明日の練習のために睡眠をとる必要もある。早く寝ないと成長ホルモンが出ない。―――

と言ってきたので、

―――お前が落ち着け。準備などいらん。お前の部屋が散らかっているのは分かっている。女みたいなことを言うな。そのままでいい。だが、俺達をしぶしぶ迎え入れるのはやめろ。愛想良くしろ。お前が成田に会いたいと言っていると伝えた。悪い。うまくアジャストしろ。――

と春也は返信した。するとしばらくして、

―――ちくしょう。こっちから会いたいと言っておいて、何も話さなかったら、ただ女と話せない男と思われるじゃないか。なんであんな女ごときにこんなに緊張するんだ。情けない。――

と荒藤が返してきた。成田が着替え終わって出てきたので、それには返信せずに、家を出た。もう夜11時近かったが、半袖でも少しも寒くなく、むしろ、夏の夜の風が汗ばんだ肌に心地よかった。金沢の古い家々を両脇に、暗く細い道を歩いていると、さきほどまでは成田と2人で部屋にいることを窮屈に感じていたのに、こうして荒藤の家に向かうとなると、なんだか寂しいような情けないような気分になった。10分もかからずに、荒藤のアパートに着いて、部屋ドアを叩くと、

「やあ、よく来たね。待っていたよ。」

普段使わぬ口調といつもより高い声で、荒藤はドアを開け、大きな体を半分外に出しながら言った。無理に口角を上げて歯を見せてはいるが、表情は固く、笑顔には見えなかった。まるでセリフのような口調から察するに、春也達が来る前に、荒藤はもしかすると何度かドアを開けて挨拶するくだりを練習したのかもしれない。

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