【青春スポーツ小説】「この世に女はいないと思え」第2話 

スポーツ小説

(二)

夏休みの間は、毎日目が覚めると食パンとバナナを下宿の母屋で食べて、練習に向かう。四畳半、風呂トイレ共同で、学期中は朝食と夕食の2食が付いて月4万円の、今どき珍しい古い下宿に春也と佐崎は住んでいた。春也は入学当初、荒藤と同じ大学の寮に住んでいたが、一年生の途中で、佐崎の紹介でこの下宿に引っ越してきた。

「また今日もアメフトかい。こんな暑い中、毎日毎日ほんとに物好きね。まあ勉強ばかりしている青っちろいのよりはずいぶんいいけど。」

下宿のおばさんの声を後ろに聞いて、山の上にある大学に向けて出発する。数か月前、2年生になってから手に入れた原付バイクで、大学へと続く坂道を走ると、夏の風が春也の真っ白いTシャツを膨らませた。Tシャツと紺色の短パンを穿いた春也の体は、昨日海に行ったことでさらに黒く日焼けしていた。原付を体育館の駐車場に置いて、グラウンドに続く長い階段を歩いて登っていく。これからしんどい練習が始まるという嫌な緊張感を持って、この階段をあと何度登るのか。春也はいつもそうするように、階段の上の方で、眼下に広がる金沢の街を見下ろした。夏のぎらぎらした陽射しが金沢の街並みをじりじりと焼いていた。昨年、入部した当初から、この階段で同じように、何度も金沢の街を見下ろしてきたのを春也は思い出していた。

昨年、春也が大学に入学した年も、金沢の長く暗い冬が終わり雪が溶け、水々しい春がやってきていた。金沢の街は、北は日本海、南は山々に囲まれ、金沢城跡、兼六公園を中心に黒屋根がまるで海原のようにうねり、重厚さを持っている。しかし、長い冬の後のこの時期だけは、街中に咲く桜も手伝って、金沢の街も幾分浮ついて見える。街には、新入生や新社会人の姿が目立った。

春也も他の新入生同様、期待と不安を持ち金沢にやって来た。一人として知り合いのいないこの街で、これまでの冴えない学生生活を無かったものにしたいと思っていた。降り立った金沢駅を、やはりどこか垢抜けぬ田舎くさい駅だなどと春也は思いながら、大学の寮に向かったが、駅前を行き交う人々の雰囲気も、駅前の建物も、自分のこれまで住んでいた関東地方の町とは違うように思えて、春也は新しい生活の始まりを実感した。街の中心部を流れる犀川を越えて、昼過ぎに、古くコンクリート造りの大学寮に着くと、寮の先輩と思しき大学生ら数名が玄関を入ったところのロビーで煙草を吸っていた。

陽の差し込まぬ薄暗いロビーで先輩達に向かって挨拶をすると、ある者は興味なさげに、ある者は笑顔で春也の挨拶に一言二言応えた。先輩の一人が3階の春也の部屋まで案内してくれて、古い寮内をついていく。寮内はどこも薄暗くひんやりとしており、細く暗い廊下には学生たちの冷蔵庫、棚、日常品がところ狭しと並んでいる。体を横にしないと歩けない場所もある程、廊下は物で溢れていた。春也の部屋になるという6畳の部屋に着くと、同部屋の先輩は不在で物が散乱していた。案内してくれた先輩が去り、今にも痒くなりそうな狭い畳の部屋で自分の荷物をほどいていると、別の先輩が部屋に来て、遅い昼飯に連れて行ってくれると言う。

寮から徒歩10分程の寮生がよく通うという定食屋で食事をし、先輩と2人で寮に戻る道で、前からこちらに歩いてくる2人組があった。春也の隣を歩く先輩が遠くから相手に向かい手を挙げると、2人組の男のうち、背の低い方がそれに応えて遠くで手を挙げる。様子から察するに、同じ学生寮の学生のようだった。住宅街を流れる用水路の水が、日差しを反射しきらきらと揺れていた。向こう側から2人組が近づくに連れ、何だか得も言えぬ可笑しさがこみ上げてきた。前方から近づいてくる先輩と思しき男は、その後ろに何やらその男ではコントロールできそうにない男を連れている。前を歩く先輩らしき男が痩せて上背もないのに対して、その数歩後ろを歩く男はやけに肩幅が広く背も高い。やや背を丸め、何事かに不満でもあるかのような表情を、日の焼けた顔に浮かべている。用心棒のように黙々と先輩らしき男のすぐ後ろを歩いている。やる気になればいつでも大勢叩きのめせるとでも言いうようなオーラを纏い、それでも一応謙虚そうに見える。

T字路で、4人の男達が合流し、

「今日、入寮した新入生だよ」

と相手のひとりが背の高い男を示して言う。春也を連れた先輩も春也を同じように紹介した。自身を紹介され、初めて春也達に気が付たかのように、その背の高い男は視線だけをちらとこちらに向けた。その一瞬の視線は、興味のない物でも物色するかのような、それでいて相手の力量を推し量るような、不遜なものだったが、ただ単に照れているようにも見え、春也を不快にはさせなかった。むしろその視線としぐさを見て、春也はその肌の黒い男に好感を持った。

春也が自己紹介する間もなく、2人の先輩は同じ寮に暮らす者たちの気安さで、取り留めのない会話をしながら寮に向かって歩く。自然、春也とその背の高い男が2人で後ろをついていくことになった。粗野な雰囲気の中に、どこか自信なさげな、強さと弱さが同居でもしていそうなこの男に対して、春也は憧れにも似た好感を持った。暖かな春の空気の中、春也は自分と並び歩く男を横目でちらと何度も見上げる。黒々と太い髪の毛が無造作に伸びている。大きな目と口、高い鼻は色黒の顔の中に整って収まり、若い戦国武者のように力強い。骨格は太いが贅肉はついていないのが、濃紺ジャージの上からでも推測できる。

「何学部?」春也は緊張を隠し、なるべく低い声で聞く。

「理学部」こちらに目を合わさず、そっけない返事が返る。春也が名乗り、

「よろしく」

と言うと、

「荒藤です。よろしく。」

その時だけ、大きな男の目にはにかんだような笑顔が浮かび、ちらと春也を見た。出身はどこか等ありきたりな質問を春也がする度に、そっけない返事が一言で返ってくるが、春也はそれを好ましく思った。春也は初対面でべらべらしゃべる男が嫌いだったが、自分自身がそういう軽率な人間だと感じたりした。それにしても、この荒藤という男は、決して単に無愛想なわけではないと、はにかんだ一瞬の笑顔の中に感じるものがあった。こいつは人見知りなんだ。俺に話しかけられ、どう応えるべきか分からず、無愛想な返事をしているんだと春也は勝手に合点した。

「何か部活やってた?ごついし、でかいし。」

と春也が聞くと、荒藤は今まできちんとこちらを見なかった視線を春也に合わせ、

「あぁ、ラグビーやってたけど。」

と少し甲高い声で言った。その質問が嬉しかったのか、

「何かやってたん?」

と春也に向かって初めて質問が返ってきた。しまった・・どう答えようかと一瞬の内に春也は考える。春也は高校でサッカー部に入るも、その練習の辛さと劣等感から、1年の内に挫折しすぐに部活を辞めていた。中学校ではテニスをやっていたが、ラグビーと比べて何だかひ弱に聞こえる。何もやっていなかったと答えるのは、情けないと感じ、勢い、サッカーなら小学校の頃やってもいたし、ラグビーと比べてもその響きに不足はないだろうと僅かの間に卑しい考えを巡らせ、

「おぉ、ラグビーかぁ。どうりでごついと思った。おれはサッカーだよ。」

嫌な冷や汗と共につかなくても良い嘘をついた。嘘をついたことへの自己嫌悪と、小学校の頃やっていたのだから嘘ではないという正当化の作業で頭が忙しく動いた。

――大丈夫だ、嘘がばれることはない。こいつの前でサッカーをやることなどないだろうし、仮にそういう機会があったとしても多少はできる。しかし、こんな嘘が何になるのだ。いや仕方ない。大したことじゃない。大学からやり直すには、サッカーをやっていたと言っておいた方がいいんだ。――

その後も、とりとめのない部活の話を続けて歩いたが、春也の思考は自己弁護と自己非難で忙しくなり、口数が減った。そんな春也に気付いてか気づかずにか、荒藤は部活の話をしてから、いくらか自分からも喋るようになっていた。喋る荒藤の、おそろしく頑健そうで白い歯を見ながら、春也は自分のついた嘘によって已然もやもやとしていた。痩せた小柄な体から出るこの汗は、自分のどうしようもなく小さい嘘への嫌悪による冷や汗だろうか、それとも春の金沢の柔らかな陽射しによるものだろうか。もうこんな嘘をつくのはやめよう。以前にもした小さな決心をしつつ、春也は目の前の浅黒い男を憧れを持って眺め、しかしその憧れを隠し、対等な男のように振る舞った。荒藤は覚えていないだろうが、それが、春也が荒藤に会った最初だった。

 

同じ寮に住んでいたこともあり、始まったばかりの大学生活で、2人は自然一緒に行動することが多くなった。50分程の道のりを、一緒に自転車を漕いで大学に通う。金沢城址や兼六公園を通り過ぎると桜の花がきれいだった。寮で共に生活し、通学も一緒であれば、2人の会話も徐々に打ち解け自然なものとなっていった。

4月の大学は浮き足立っていた。新入生は新しい生活に期待し浮き足立ち、上級生は新入生を冷めた目で見ようと努めるが、新入生に連られて自分も浮き足立っている。新入生の女は、初めて発情期を迎えた雌猿のように、群れの男達の歓迎を受け、自分自身でも気づかずに強い匂いを周囲に放つ。その匂いに引き寄せられ、発情したオス達がメスに群がる。多くの上級生の男達は、昨年ありつけなかったメスの獲得に必死で、新入生の男も取り分を上級生に取られぬよう必死である。

2級男が飢えたハイエナのように、1級男のおこぼれを拾おうと、物欲しそうな目で機会を窺っている。そしてそのハイエナの周りを、自ら狩りのできぬ男たちが囲み、女などはなから興味が無いという体を装って、時々それを盗み見ては、ざわざわと心が落ち着かない。下級生の女は、醜女までもいい女を気取り、上級生の女達は、自身が下級生の頃を懐かしんで、男は馬鹿だと文句を言ってなんとか気持ちを落ち着かせている。

「大学デビューどもが。ちゃらちゃらしやがって。男も女も無様だな。」

荒藤は無遠慮な視線を周囲に向けて、冗談なのか途中からニヤニヤしながら言う。

「ほんとだな、ああはなりたくない。」

と春也は答えながら、さきほどから自分の周囲を通り過ぎる女達を横目でちらちらと盗み見る自身を抑えることができなかった。女をもの欲しそうな目で見る自分に嫌悪と羞恥を感じて、隣を歩く荒藤を見上げると、荒藤は睨むような表情で何かを耐えるようにまっすぐ前を見て言う。

「くだらんな。どいつもこいつも。男も女も垢抜けない、しょぼい芋ばかりだ。ああなっ  たら終わりだな。」

そう言いながら大股で歩く男を春也は頼もしく感じた。荒藤はいつも同じ履きつぶした靴を履き、紺のウインドブレーカーを着て、頭をぼざぼざにし、大学構内を肩を切って歩いた。講義棟の周囲に溢れる若い男女のそばを荒藤が通ると、それまで軽口を叩いていた今風の男達が、女には気づかれぬように道を開け、何となく口を噤むのを見て、春也は胸がすっとする思いだった。

荒藤と大学構内を共に歩く時だけ、堂々とする自分は嫌だと思い、一人で構内を歩く時も、大きく胸を逸らせて歩いた。荒藤と一緒の時には道を開けていた男達は、春也一人になると、春也に気付きもせず大声で笑いながら女と話している。通り過ぎる際、肩でも当たれば春也を睨んできた。春也も睨み返したりしたが、自分が弱く見えるから、こんな弱そうな男達にまで舐められるのだと思って、自分に荒藤みたいな背があればなと、169cmしかない身長を嘆いた。

――あんな男達に負けてたまるか。女など2の次、3の次。強くなればそんなものはいくらでも後からついてくる。――

新入生で溢れかえる大学構内を春也は表情を固くして歩きながら考える。春也は、強い運動部に入って4年間心身を鍛え直そうと大学入学前から決めていた。高校で運動に挫折したことを後悔し続けている春也にとって、それはどうしてもやらねばならぬことに思えた。

4月の大学構内では、様々なサークルや部活動が熱心な新入生勧誘活動を展開していた。新入生の争奪合戦に加え、上級生男子の下心が入り込み、勧誘活動は激しいものとなる。講義棟前の広場には大勢の上級生達が集まり、そこを通る新入生達に声を掛けていたが、そこに一人毎日朝から夕方まで立っている異形の男がいた。毎日同じ古びた帽子とジャンパーを着込んで、笑顔ひとつ見せず通り過ぎる新入生を睨むように物色している。時々、体格の良い男に声を掛けていたが、声を掛けられた新入生のほとんどは、その男の異様に大きな体に威圧されてか、緊張した表情のまま、断るような仕草をしてその場を去った。勧誘男は一人ぶつぶつ何事か言って定位置に戻ると、帽子を深くかぶりなおして新入生を見ている。その姿はどこか異様で、周囲の明るい勧誘活動の雰囲気に全く似つかわしくないものだった。その体格のためか、無頓着な服装のせいか、その男は大学生というよりも中年のおっさんに見えた。そのごつい男の周囲だけに空間ができて、誰も近寄っていかない。勧誘男はそんなことを気にも留めず、相変わらず男のみに近づいては声を掛けている。朝から夕方授業が終わる時間まで毎日そこに立っている。授業中にも立っているところなど、やはり学生ではなくどこかのおっさんではないかと思えた。

春也はその男がアメリカンフットボール部の勧誘をしていることをすぐに知った。春也は入学する大学のアメフト部が強いという話を聞いたことがあり、ひそかにこの部活に入ろうかと入学前から考えていた。自分を鍛えられるのならばどの部活でも良いとは思っていたが、大学の運動部は、高校までの経験者をどの部も求めている。その証拠に強いという噂の運動部は勧誘などほとんどしておらず、やる気のある経験者が自ら志望して入部してくるのに任せていた。大学構内で見かける勧誘もサークル活動のものが多かった。やはり自分が入ってやっていける部活など実際のところないのかもしれないと生来の弱気心が首をもたげた。しかし、強いという噂の運動部の中で、アメフト部だけが積極的な勧誘活動を行っている様子だった。大学構内にでかでかと張ってある新入生勧誘用のポスターや看板を見ると、

「経験不問。ほとんどの部員が大学からアメフトを始めている。体が小さくてもできる。絶対できる。君に合ったポジションがある。大学4年間をアメフトに賭けてみないか」

などと扇情的な文句を謳っている。疑わしく思うものの、その言葉に春也は惹かれずにはいられなかった。アメフト部に入部した自分を想像するだけで、高校時代に運動を挫折した自分がすでに強くなった錯覚すら抱く。

しかし、春也はすんなりと練習場に足を運び入部を告げることはできなかった。自分には無理だという気持ちが常にどこかにあった。春也は入部を迷いながら、大学構内で勧誘活動をするアメフト部員を眺めていた。朝から晩までそこにいたのはその男一人だけだったが、昼休みや放課後の練習前の時間帯になると、どこからともなくごつい男達が集まってきて、大きな集団を形成した。皆申し合わせたように同じ緑色のスタジアムジャンパーを着ていた。半数近くが坊主頭で、背の高いものもあればそうでもない者もいたが、皆体が大きかった。今まで我が物顔で勧誘場所を占有していたサークル部員たちは小さくなっている。

しかし、その男達に春也が声を掛けられることはなかった。意識していつもの勧誘男の前を通るもチラシ一つもらえない。ある日、思い切って春也の方から声をかけると、

「おぉ、絶対アメフトええから。まじええし。一緒にやろうや。今日練習来てや。」

と急に話が進む。

「今日ですか・・今日はちょっと。」

「そうか、今日は無理ならええわ。いつでもええし、待ってるし。今まで運動何してた?」

「サッカーです・・」

「サッカーか。ええやん。自分、走れそうだな。おれも高校までサッカーやっててんけどな」

「今度、友達を連れて練習見に行きます。そいつはラグビーやってたと言ってました。」

「おお!ええな!いつ来る?」

ラグビーをしていた友達を連れていくと言うと、その勧誘男はサッカーをやっていたとは思えぬ体を揺らして俄然興味を示したが、目の前を体のデカい新入生が通ると、知り合いででもあったのか、その新入生に声を掛けに春也の前から離れ、

「じゃあ、またな。今度練習見に来てな。その友達も一緒に。」

と言って去って言った。春也は拒絶されなかった安堵と、熱心に勧誘されなかったやるせなさを抱えて気の入らぬ授業に向かった。

 

その晩、寮に帰ると、早速荒藤を今度アメフト部の練習に行こうと誘ってみたが、

「おれはもう運動はいいわ。高校までさんざんやったし、バイトして生活費稼がなきゃならんし。それより、チャラチャラしたサークルの見学行ってみようや。どんなことやってるのか興味あるし。」

等と言う。

「分かった。お前の行きたいサークルというの、一緒に見に行くから、アメフト部の練習見に行くのも付き合えよ。ただの見学であって、入部するってわけじゃないんだからさ。」

と持ちかけると、意外と簡単に合意して、翌日さっそくサークルの方から物見に出かけることになった。

翌日の放課後、イベントサークルと銘打つ何をしているのか分からぬサークル活動を覗いた後、そのサークルの新入生歓迎飲み会に参加することにした。春也はその日、普段は着ない服を着て大人ぶって見たが、それは却って幼稚にみっともなく見えた。サークルの先輩の説明を聞けば、その活動というのは、要するに週末集まって遊んだり、どこかに出かけたりしているだけとのことが分かる。説明会の後には飲み会があり、洒落た薄暗い居酒屋で、新入生同志が自己紹介などをし合う。どいつもこいつも女が目当て、男が目当てで虫唾が走る。そして自分も同じだと思って恥ずかしくなった。サークルの2年生だという柔らかそうな体をした女の先輩が隣に座ると、春也は慣れぬビールを飲んで、その先輩女子がリードするたわいもない会話を続けた。その先輩をかわいいな等と思いながら眺めていると、なんだか先ほど感じた嫌悪感も露と消え、こういうものが大学生活なのかもしれない、運動なんかしなくてもいいか、このままの自分でも十分楽しめるかもしれない等と、酔っ払ったせいで回らぬ頭で春也は思う。薄暗い照明の下で、周囲の男女を見回すと、どの男女も顔を紅潮させて楽しそうに会話している。その中で、ふと気づいて見上げた隣の荒藤だけが、なぜか憮然とした表情で、顔を多少赤らめてひとり怒ったように酒を飲んでいた。そんな荒藤に気付いてか、春也と会話していた先輩女子が、

「荒藤くんて、目力が強いね。女の子にもてるでしょ」

と春也を間に挟んで荒藤に話しかけた。

「いや、別に。」

荒藤は視線も合わさず無愛想に応えた。春也は一遍に酔いが醒め、再びこの場への嫌悪と自己嫌悪が混ざり合ってこみ上げる。

飲み会が終わり、すっかり遅くなっての帰り道、口を開く気持ちを無くしていた春也に向かって、荒藤が言う。

「あの先輩、かわいかったな。優しそうで。」

そんなことを思っていた態度には見えなかったと思いつつ、

「ああ、かわいかったな。お前のこと、気にしてたな」

と春也が返してやると、

「でも、駄目だ。こんな大学生活してたらまず駄目だな。見たか奴ら。こんなどうでもいいことしてたら駄目だな。」

何を駄目だと言っているのかよく分からぬが、先程の会合を否定したい気持ちは春也も一緒だったので、勢いこんで荒藤に同意した。春也は

「くだらん、だめだ」

等と繰り返し言って、楽しげなサークル活動を否定し、自分が荒藤と同じ気持ちであると思込んでいたが、その実、その気持ちもその理由も全く違うものであることに春也は気づいていなかった。

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