【青春スポーツ小説】「この世に女はいないと思え」第19話

スポーツ小説

バスを降りると、花火大会の会場である犀川下流の河原まで歩いた。辺りはすっかり暗くなっており、花火が上がり始まるまでまだ30分以上あったが、花火大会へ出てきた人達で道はごった返していた。道の両脇には多くの出店が並び、浴衣姿の若い男女などが食べ物を買い求めている。春也は普段人がたくさん集まる場所が好きではなかったが、花火大会に限っては嫌いではなかった。人ごみの中を、春也が早紀と成田を先導する形で河原に向かって歩き、途中何度も振り返っては、2人がちゃんと自分についてこられているかどうか春也は確認した。そのさらに後方を見ると、1年の山村が一人ついてきていた。原付を駐輪しにでも行っているのか、荒藤の姿は見当たらなかった。

 河原のすぐ近くまで降りてくると、既に早くから場所を取って待っている人達でいっぱいだったが、運よく3人が座ることのできるスペースを見つけたので、春也、早紀、成田の順でそこに腰を下ろした。

「良かった。良い場所に座れて。」

春也がほっとして言うと、

「うん、ありがとう。花火良く見えそうだね。でも春也くんがもし途中でいなくなっちゃったら、どうやってバス停まで戻るか分からないよ。」

と成田が答えた。

「大丈夫、大丈夫、俺途中でいなくならないよ。この間はごめんね。荒藤が途中で帰ったりして。あいつ話せば面白い奴なんだけどさ。」

「ははは。荒藤くんも今日来れば良かったのに。」

と早紀が答えるのを聞いて、春也は残念に思った。それから、早紀は話を変えて、

「この間も思ったけど、やっぱり体鍛えているからか、春也くんは短パンとTシャツが似合うね。前に誰かが言ってたけど、春也くんてほんとにいつも同じ服着てるの?」

と聞いてきた。同じ服を着ていることが、早紀にとって好ましいのか、好ましくないのか、彼女の口調からは分からず、春也はどう答えるか迷ったが、

「うーん、大体毎日同じ格好かな。部内の一部の連中の間に、お洒落などすべきではないという考え方があって、新しい服を買えないんだ。同じ服を何着か持っていて、毎日洗濯はしてるし、季節ごとに服は変えるよ。夏以外はいつもジーパンなんだけど、太腿が太くなったせいで、股の部分が擦れて破けてしまうんだ。荒藤など、大学生になってから、もう3本もジーパンの股を破いたと、よく分からない自慢をしてるよ。」

という言い訳がましい回答になった。ジーンズの下りは面白い話のつもりだったのだが、早紀も成田も笑わなかった。

「へー、お洒落は駄目なんだ。変わってるね。それにしても、春也くんは荒藤くんの話が好きだね。さっきから何回も荒藤くんの話をしてる。いつも一緒にいるって言ってたし、荒藤くんと付き合ってるんじゃないのー?」

成田は冗談のつもりでそう言ったのだろうが、たしかに先ほどから荒藤の名前ばかり出していると思い、春也は恥ずかしくなった。思い出して、周囲を見回すと、離れた場所で1年の山村が一人座ってこちらを見ていたが、荒藤の姿は確認できなかった。

「それは冗談として、春也くんは今付き合ってる人いないんだよね。どんな人がタイプなの?」

始めに感じたしおらしさもなくなり、成田は無遠慮に聞いてくる。横に座る成田と早紀の2人の視線にも、質問内容にも一瞬どきりとした。今どころか、付き合っている人などいたためしがない。

「優しい人かな。運動している人とかで。」

優しい人など、何の回答にもならぬと途中で思い、運動している人だと付け加えた。そもそも自分のタイプなるものが分からないと思い、隣の早紀に視線を向けると、早紀の真っ直ぐな視線とぶつかって、春也は急いで視線を逸らした。

「運動してる人が好きなんだ。やった。運動してる女子はあんまり人気ないからね。今年はこんなに日焼けしちゃったしなあ。黒くならない早紀が羨ましい。」

成田はおどけてガッツポーズを作ってみせて、Tシャツを捲りあげてその腕の日焼け具合を見せた。

「そんなごとないよ。私だって大分焼けたよ。」

と早紀は言ったが、その腕は白かった。

「2人は彼氏いるの? 付き合うならどんなタイプ?」

春也は少しどきどきしながら同じ質問を返した。

「いないよ。でも、タイプってなかなか簡単には言えないよね。同じ感じの人をいつも好きになるわけじゃないし。」

成田は自分から聞いた質問のくせにそんな答え方をした。早紀は隣で黙って考えている風だったが、

「うん、タイプって分がらないなあ。それに今は付ぎ合うとかあんまり考えられないな。」

少し寂しそうに言った。

「私が前に付き合った人はちょっとおとなしい感じの人だったかな。早紀の前の彼氏は、うーん、ちょっと佐崎くんに感じが似てるよね。なんか爽やかな感じのとことか。」

成田が続けて言った。昔の彼氏の話など、早紀は嫌なのではないかと思ったが、気にする様子はなく、

「そうがなあ。佐崎くんに似てるかな。佐崎くんのことよく知らないがらなあ。」

と早紀は呟くように言った。そう言われてみれば、早紀と佐崎はどことなく似ている気もしたし、似合いのカップルに思えた。背の高い佐崎とすらりとした早紀が並んで歩けば、どこぞの雑誌などに出てきそうなカップルに見えるだろうと思う。一方、自分と早紀が恋人として並ぶところを想像するのは難しく、頭の中で無理矢理に並ばせてみると、2人はきれいな姉と冴えない弟という感じに見えた。

 花火がまだ始まりそうになかったので、春也は出店で食べ物と飲み物を買ってくると言って、その場を立った。大勢の人の座る間を縫って出店に向かう途中、少し離れたところにいた山村のところを通り、

「お前ら、何やってんだよ。」

と笑って声をかけた。

「すんません。練習終わった後、荒藤さんについてこいって言われて。意味わかんなかったんすけど、今日春也さんのことつけるぞって。」

「いや別にお前が謝ることじゃないよ。別に怒ってもないし。それで、荒藤は?」

「おれは女に顔知られてるからって言って、すげー遠くにいます。ほら、あそこの赤いアロハシャツ。」

山村が指した方向を見たが、辺りは暗いし人も多く、赤いシャツの男が見えるとは思えなかった。それ以上は荒藤を探さずに、

「それで、これからお前らどうするんだよ。ずっとついてくるのか。」

と山村に笑顔で聞いた。

「いや、俺もわかんないんすよ。荒藤さんには、とにかくメールや電話で状況を報告しろと言われてるんで、連絡してるんですけど、『分かった。指示を待て』としか言ってこないし。」

「ははは。お前も大変だな。」

春也は先輩風にできるだけ余裕ぶって言って、山村の元を後にした。3人分の飲み物とたこ焼きを出店で買って早紀達のいる場所に戻ると、2人はまだ佐崎の話をしていた。

「佐崎くんて、足速そうだよね。走るポジションだって言ってたしね。」

陸上部だけに、そういうところが気になるのか、成田はそんなことを言っていた。春也は買ってきたものを2人に手渡しながら、

「佐崎は速いよ。部内でも5本の指には入る。でも柳井だって速いし、短い距離なら荒藤だって速いよ。ちなみに俺も走るポジションなんだけどね。1週間後に試合があるから、見に来てよ。」

自分の足の速さについては触れずに言った。

「来週試合なんだ。うん、見に行こうかな。みんな試合出てるの?」

早紀が言った。

「まだ俺たちは2年だからね。2年で試合に出ている部員は少ないよ。でも、荒藤はレギュラーで試合の始めから出ているよ。佐崎も4年の先輩と半分交代くらいで出ている。アメフトは交代の回数制限がないから、試合中何度も選手が入れ替わるんだ。」

春也は自分については言わなかったが、先日、杉田から今度の試合は少し多めに出場させてやると言われていた。次の試合は格下のチームが相手であり、おそらく後半には試合の趨勢が決まるため、その後春也を出場させてくれるという意味であった。途中出場とはいえ、春也は試合に出してもらえるということが嬉しかったし、自分の成長が認められたような気がしていた。自分が出られるということが分かっていたから、早紀達を試合に誘ったということもあった。

「佐崎の話をしてたってことは、もしかして俺がたこ焼き買ってる間、俺達のことを話してた?」

春也が話を変えて聞くと、

「なんで分かったのー?この間会った4人の印象を話してたんだよ。さっき佐崎くんの話になったから。」

成田が笑顔で答えた。

「ははは。何となくね。で、佐崎は足が速そうで、爽やかというのは聞いたけど、他の3人は?」

春也は敢えて早紀の方を向いて聞いた。

「柳井くんは、私は同じクラスだし前がら知ってるんだけど、話しやすいし、話も面白いねって。荒藤くんは、途中で帰っちゃったがら、よぐ分かんないんだげど、ちょっと怖い感じ?ははは。」

早紀はそこで笑って、ちょっと間をおいて、

「春也くんはね、いい人なんだろうなって話してたよ。」

と真っ直ぐ春也の方を見て言った。

――いいひと、いいひと、どうでもいいひと。――

春也はまた荒藤の言葉を思い出した。

「いい人なんて褒め言葉でも何でもない。特に女にいい人だなんて言われた日には終わりだな。いい人というのは、どうでもいい人ということだ。つまり、好きでも嫌いでもなく、どうでもいいということだ。関心が無いということだ。」

そんな言葉を思い出していると、夜空高くに大きな円を描いて花火が開いて、ドーンという大きな音がした。続けて2発、3発と大きな花火が打ちあがる。早紀と成田の2人は夜空を仰いで花火を見ていたが、春也は横目で花火仰ぎ見る早紀を見ていた。パッと花火が夜空に開くたび、早紀の顔が白く光って美しかった。花火の大きな音が春也の胸を打ち、その度、胸が圧迫されるような気がしたが、それが果たして花火の音によるものなのか、白く光る早紀の横顔によるものなのか分からなかった。

 花火が上がり始めると、自然3人の会話はほとんどなくなった。ただ黙って花火を見ているだけであったが、春也はそれで満足だった。花火が始まってしばらくした後、

―――女に媚びるな。見ていて情けない。―――

というメールが荒藤から春也の携帯に届いた。自分では媚びたつもりはなかったが、無意識の内に媚びるものがあったのかと、春也は恥ずかしくなったが、会話を聞いてもいない荒藤にそんなことが分かるわけもないとすぐに思い直した。早紀達の方に集中したかったし、返信はせずにしばらく放置しておいたが、結局気になって、

―――こそこそ人をつけまわすな。お前こそ情けない。―――

とメールを返した。すると間髪入れずに荒藤からメールが返ってきて、

―――は? おれは純粋に花火を見に来ただけだ。場所が偶然一緒だっただけだ。そもそも、ドーナツ屋に後から来たのはお前の方だ。―――

―――入りたいのなら合流させてやろうと思ったが、そういう態度ならいい。やめておく。じゃあな。もうメール返してくるな。―――

春也がそうメールを返信すると、

―――すまなかった。俺が悪かった。許してくれ。悔しくてつい。さっきから遠くで見ているが、羨ましくて…。どうにもモヤモヤする。だが、俺からそっちへは恥ずかしくて行けない。じきに花火終わる。その後どうする? できたら俺を自然に合流させてくれ。偶然会ったという体で。そこでお前の方から俺を誘ってくれ。そしたら俺はしぶしぶOKする形にする。頼む。山村は邪魔なら帰らせる。指示を待つ。―――

しばらくして、荒藤からメールが返ってきた。自分が悪いと謝っているくせに、やけに自分勝手な内容だったが、別に不快ではなかった。

「さっきからメール?なんか楽しそうだね。にこにこして。」

成田にそう声を掛けられて、メールを見てにやついていたのを見られていたと気が付いた。

「うん、荒藤から。ごめんね、みんなで花火見てる時にメールなんかして。あいつのメール面白くてさ、つい笑っちゃうことがあるんだ。」

「荒藤くんかあ。ほんとに仲いいんだね。」

と成田は笑顔で言って、また花火に視線を戻した。早紀はこちらの会話には入ってこず、ひとり花火を見上げていた。

―――連絡する。待て。―――

とだけ素早く荒藤に返信し、春也も2人と同じように花火を眺めた。

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