【青春スポーツ小説】「この世に女はいないと思え」第17話

スポーツ小説

部屋に差し込む光で目が覚め、ひょっとするとまた夕方まで眠り続けたのかと思ったが、今回は早朝だった。まだあと2週間くらいは夏休み期間であったので、昼間まで思う存分寝ていてもよかったのだが、昨日一日中眠っていたこともあって、さすがに眠気は無くなっていたので、春也は起きることにした。その日も一日、練習は休みだったので、何をしてもよかったのだが、練習がないとなると、特段やることもなかった。部員を誘って海へでも行こうかと思ったが、いつも一緒に海へ行く連中は、こんな早朝ではまだ寝ていると思われたし、体がまだ痛かったこともあり、一人で海に行く気にはなれなかった。結局、溜まった洗濯物を片づけたり、部屋の掃除をしたりして午前中を過ごし、午後になってから、疲れをとるためにも軽く体を動かそうかと大学に行くことにした。学校に向かう前に、佐崎の部屋を覗いて、一緒に行くかと誘ったが、

「おれは今日はトレーニングはいいや。ゆっくり休むよ。お前も休める時は休んだほうがいいぞ。」

と佐崎は言って、寝転んで教科書などを読んでいた。仕方が無いので、ひとりで体育館のトレーニング場に行くと、他の部員が何人か来ていた。2年の部員も数名おり、荒藤もその中にいる。トレーニング場に入ると、すぐに4年の先輩が近づいてきて、

「お前も来やがったか。練習もトレーニングも休みの時はゆっくり休め。そのために、休みにしてある。」

と自分のことは棚にあげて言う。

「先輩だって来ているじゃないですか。」

と春也が笑いながら言い返すと、

「おれの場合は違う。おれのは積極的休息の一環だ。軽く走って汗を流し、ストレッチを入念にやり、重いおもりなどを今日は一切持たない。体幹を軽くやり、あくまでも体をほぐすだけだ。そして終わった後には銭湯に行き、疲れを流す。」

「なるほど。でも、僕も軽く体を動かすためにきたたけです。」

春也がそう言うと、先輩は黙って戻っていった。軽くストレッチをしながら、春也は離れた場所にいた荒藤を手を挙げて呼んだ。

「何もやることがなくて、お前もトレーニングに来たか。練習がないと、結局みんなやることがないんだな。」

春也が荒藤に声を掛けると、

「俺はトレーニングに来たのではない。軽くジョグなどをし、体をほぐしにきたのだ。あくまでも休息の一部だ。この後、銭湯に行く。お前も行くということでいいな。それに俺はやることがなくて、ここへ来たわけではない。色々やらなければならないことがある中で、ここへ来ることを選択しただけだ。お前と一緒にするな。」

さきほどの4年の先輩が言った言葉とほぼ同じことを荒藤は言った。さしずめ、あの先輩はここへ来る後輩全員に同じように話しかけているのだろう。

「色々やらなきゃならないことってなんだよ。そんなもの無いだろう。」

「勉強だってしなければならないし、日雇いのバイトだってやらなきゃならん。人付き合いなどもある。お前の知らない交友関係だってある。お前のように小さな世界で生きてはいない。」

「でたらめを言うな。お前が勉強しているところなど、ほとんど見たことがないし、部員以外の人間とお前がつるんでいるのを見たことがない。」

「ふん。俺の生活の全てをお前が知っていると思うなよ。おい、それより昨日のメール返ってきたか。」

「まだ返ってきていない。」

春也がそう答えると、

「まだって、あれから何時間経ったと思ってる。もう昼過ぎだぞ。今まで返信がなかったら、もう終わりだな。諦めろ。」

さも嬉しそうに荒藤は言った。春也はそれには答えずに、靴を履きかえて、体育館を出てグラウンドに軽く走りに向かった。軽いジョギングとは言え、その日も夏の日差しが強く、蒸し暑くもあったので、ジョギングでも走るとすぐに汗だくになった。20分くらい早歩きくらいのスピードでゆっくりとグラウンドを一人でぐるぐると回ると、気持ちが良くなった。あちこち固まっていた体もようやく動くようになってきた感じがする。体中、汗だらけで、絞ったら汗がたっぷり出そうなTシャツのまま、体育館内のトレーニング場に戻ると、そこに置いておいた自分の携帯電話を春也は確認したが、メールの着信は相変わらずなかった。

 ウレタン製の青色のマットの上で、首から足の先まで順番に入念なストレッチをしていったが、体中が筋肉痛で痛かった。ストレッチの合間に、春也は時々携帯電話をチェックしていると、離れた場所で腹筋運動をしていた荒藤が近づいてきた。

「ちらちらと携帯ばかり見るな。情けない。それに周りに迷惑だ。トレーニングに集中しろ。そんなもの今すぐ捨ててこい。返信など来ないのだからもう必要ないだろう。」

「すまん。もう見るのはやめる。申し訳ない。集中する。」

春也がそう言うと荒藤はわざと聞こえるように舌打ちして離れていった。長いストレッチを終え、軽く腹筋、背筋、首の筋肉だけの非常に軽いトレーニングを済ませると、既に着替え終えて春也を待っていた荒藤といつもの銭湯に向かった。銭湯の脱衣場で服を脱ぐ際、何となく携帯を見るとメールが来ていた。

―――こんにちは^^* 久しぶりだね~、元気ですか?返事遅くなってごめんね。陸上部も合宿で、さっき帰ってきたんだ(絵文字)花火いいね☆ 行こう! この間一緒に会った成田も行きたいって^^  春也くんと、私となりちゃんの3人でもいい?―――-

早紀と2人ではなく、3人でということに対して、多少残念に感じるものはあったが、返事が返ってきたことだけで単純に嬉しかったし、もう一度早紀に会えるということだけで十分だと思った。

「よし。メール返ってきてOKだって。成田さんも来たいらしく、3人だが。向こうが2人なら、お前も一緒に来るか。」

隣で服を脱いで既に素っ裸になっていた荒藤にメールを見せながら春也は言った。

「ふん、メールが返ってきたくらいで調子に乗るな。もう一人来るのというのは、あの女が友達に一緒に来てくれと頼んだに決まってる。お前と2人きりで花火になど行きたくないからな。」

荒藤はにわかに不機嫌になって言った。

「別に調子になど乗っていない。おれは素直に喜んだだけだ。いきなり2人でというのも抵抗があるかもしれないからな。それはまあいい。で、お前も来るのかよ。来たいなら、今からメールで向こうに聞いてみるが。」

荒藤はすぐに返事をせず、脱衣場で腕を組んだまま1分ほど考えていたが、

「向こうが3人でという具体的な人数を指定してきているのに、俺が今から加わるのは、いかにも俺が入れてくれと頼んだみたいで嫌だ。俺は行かん。向こうから、『荒藤くんも誘おうよ』等と言ってくれば話は別だが。とにかく俺は行かん。畜生。」

しばらくして、自身に言い聞かせるかのように大きな声で荒藤は言うと、春也の返事も待たずに洗い場に入っていった。我儘な野郎だと春也は思ったが、おかしくもあった。荒藤の後を追うように風呂場に入ると、荒藤はいつものようにシャンプーも石鹸も何も持っておらず、流し湯で汗をさっと流した後、既に湯船に浸かって大の字になっていた。春也は洗い場で体を洗った後、荒藤の隣の湯に入りに行った。明るい時間に入る銭湯はいつもとまるで違う雰囲気で、夏の日差しが天井のガラスからきらきらと入り込みきれいだった。2人の他に誰もいなく広々としており、何とも気分が良かった。春也がそろそろと湯船に体を沈めていくと、合宿でできた体中の傷口に熱い湯が沁みた。

「昼間の風呂は、お湯まで新鮮に感じるな。熱くて体がぴりぴりするが、気持ちいい。」

隣で湯船に浸かる荒藤に話しかけると、春也の声は湯気の中で響いた。

「そんなことより、成田というのは、俺の歯が白いとか言っていた女のことだな。」

まだ、そのことを考えていたのか、再び荒藤はその話をしてきた。

「そうだ」

「ふーん、あの女か。お前一人で奴らを相手にできるのか。何を話す。話すことなどないだろう。」

「花火を見に行くんだ。花火の音も大きいだろうし、それほど話す必要もないだろ。」

春也はそうは言ったものの、たしかに2人を相手に何を話したら良いか分からない。荒藤が行かぬというなら、佐崎でも誘おうかと思ったが、なるほど荒藤が言う通り、向こうから3人でと具体的な数字を言ってきているのに、これから誰かを誘うなど、いかにも意気地がないように思われて、やはり一人で行こうと考え直した。

「ふん、くだらん。会話もなく、花火などを見て何が楽しい。で、最初にどこで会うんだ。」

「まだ決めてない。さっき返事が来たばかりなのはお前も知っているだろ。」

「決まったら、ちゃんと報告しろよ。」

荒藤に報告しなければならぬ理由はなかったが、荒藤とはいつも互いの生活の詳細を報告し合っていたので、そういう言い方をされても特に不快にも不自然にも思わなかった。

「あんなくだらん女のどこがいいんだ。おれの冗談も分からず、いちいち真面目に反論してきやがって。」

荒藤は湯船に浸かりながら、春也に向かって言うとでもなく、まだぶつぶつと独り言のように喋っていた。先日、飲み会で春也に対して荒藤が文句を付けた際、荒藤に真っ向から反論してきた早紀の態度をまだ根に持っているようだった。隣の泡風呂に浸かりながら、湯気の中で荒藤はしばらくぶつぶつ何か喋っていたが、熱い湯で体が限界になったようで、水風呂に移っていき、

「ふー。体がしまる。しまるぅ。くぅぅ。」

少し離れた水風呂の方から、荒藤の大きな声が風呂場に響いた。

「おいおい、あまり大声を出すなよ。男湯には俺達しかいないが、女湯には他の客もいるだろう。」

春也も水風呂に移っていき、荒藤にそう言うと、

「そうか、なんで今まで気づかなかったんだ。誰もいない今がチャンスだ。」

と荒藤は言って、風呂桶をいくつか壁際に重ねた。冗談か本気か、風呂桶の上に乗って、男湯と女湯の間の壁をよじ登ろうとしている。春也が笑いながら止めると、

「お前は女と花火に行くんだ。俺は女風呂くらい見ても罰は当たらんだろう。」

と荒藤はよく分からぬ理屈を真顔で言って、風呂桶を重ね直していた。

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