【青春スポーツ小説】「この世に女はいないと思え」第11話

スポーツ小説

ドーナツ屋を出ると、金沢の街は夜に変わっていた。普段縁のない色とりどりのネオンの街に夏の夜風が通る。集合場所の居酒屋の前に着くと、女性4人が既に待っており、春也の隣を歩く柳井が遠くから手を挙げて声を掛けた。何だか急にどきどきとして、どんな表情でその場所まで歩いていけば良いのか分からなかった。

店の前で合流すると、いかにも運動をしているといった感じの女4人がこちらを見た。早紀は細いジーンズとTシャツというシンプルな服装であったが、長めの髪を結わずに肩に降ろしていて、先日運動場で見たポニーテールに練習用の服装の早紀と比べてひどく大人っぽく見えた。早紀はこちらを一人ずつ見たので、春也とも一瞬目が合って、春也は無意識に会釈を返すと、早紀の口角が僅かに上がり一瞬微かな笑顔を見た気がした。陸上部というから大分日焼けした女性を想像していたが、皆それほど日に焼けていない。陸上部というよりは体操部といった感じの小柄だが筋肉質な女が、こちらを一人ずつ値踏みするような真っ直ぐな視線を下から送っている。その女の視線を追って後ろを振り返ると、佐崎はいつもと同じ表情で、目の前に女などいないかのようにあらぬ方向に視線を向けていた。荒藤は試合にでも臨むような固い表情で女達を睨みつけるようにして仁王立ちしている。

「みんな日焼けしてますねー。さすが運動部。」

その小柄な筋肉質の女が笑顔で言った。

「そうか?夜で暗いから黒く見えるだけだろ。」

荒藤が仏頂面のまま、一人で呟くように言う。

「そうかなあ。でもやっぱり黒いよー。今喋った人なんて、今、歯がすごく白く見えたよ。黒人選手みたいに体も大きいし。」

筋肉質の女は褒めたつもりなのか、笑顔のまま、やけに感心した素振りで言ったが、

「誰が歯しか見えないだ。失礼だろ。」

その女には歯しか見えないとは言われてはいないが、荒藤はその色の黒さから、部の先輩などに夜のグラウンドでそうからかわれることがあったので、おそらく冗談のつもりで彼女の言葉にそういう返し方をしたのだろう。しかし、いつもと違って言葉に笑顔が伴わず、怒ったような言い方に聞こえた。

「歯しか見えないなんて言ってないよ。失礼だったらごめん。怒らせるつもりはなかったんだけど。」

女はびっくりしたように、しかし元々強気な性格なのか、怖気づくことはなく荒藤に言い返した。荒藤は表情を固くしたまま黙っている。

「気にすることないよ。こいつ冗談のつもりで言ったんだ。ただ今日は緊張しているから、怒ってるように見えるだけ。」

何だか雰囲気が悪くなったように思って、春也はそう言ったが、言ってからすぐに後悔した。女の前で緊張している等と誰も言われたくないだろう。

「緊張しているのは、お前だろ。調子に乗って余計なことを言うな」

荒藤が今度は春也に向かって怒ったように言った。荒藤の強い口調に驚いたように女性達が見ている。

「いつもこいつらこういう感じだからさ。別に喧嘩が始まるわけじゃないよ。まあ、外でこうしていてもなんだから、店に入ろうか。中に入れば、きっと歯だけじゃなくて顔も見えるよ。」

柳井が場を和ませるようにそう言うと、ようやく女性達が少し笑った。

 

店の中に入って飲み物が各自に渡ると、通り一遍の乾杯をして、結局一人ずつ自己紹介をすることになった。柳井がはじめに簡単な自己紹介をし終えると、

「自己紹介なんて、くだらないことやめようぜ。そんな形式的なことをしても意味がない。」

と荒藤が独り言のように言う。荒藤の表情は相変わらず固かった。

「お前、さっきから文句ばかり言うなよ。自己紹介が意味ないなら、お前は一体何をしたら意味があると思うんだよ。」

春也が反論すると、

「分かったよ、自己紹介でいいよ。じゃあせめて斬新で気の利いた自己紹介しろよ。お前からしろ。」

そう荒藤に言われても、すぐに気の利いた言葉など出てこなかった。名前、学部や学科、部活でのポジションなどを言い終わり、何か珍しいことでも言わねばと思い、

「えーと、僕の名前、春也ですけど、名前の由来は3月生まれから来ていて、元々、春は弥生の3月生まれということで、春弥という名前になるところだったんだけど、字数が悪いとかで、こういう字の春也になりました。えーと・・」

自分でも仕様も無いことを話しているなと思ったが、話の合間にちらと見た目の前に座る女性4人も、特段興味がなさそうな様子に見えた。春也には、今自分が話した内容よりも、自分の喋り方やしぐさがいかにも自信なさげに思えて気になった。

「誰もお前の名前の由来などには興味がないよ。まあ、3月生まれに大した男はいないと聞いたことはあるがな。」

春也はまだ何か話を続けようと思っていたが、荒藤にそう口を挟まれ黙ってしまっていると、

「そういう言いがだは良くねえんでねえですか。わだすは興味持っで聞いでましだけど。」

早紀がそういう言い方で荒藤に反論した。はっきりと自分の意見を表明する彼女に気圧された形で、荒藤は何も言わず黙ってしまった。春也と佐崎は、早紀がそういう反論をしたのも意外だったが、彼女の言葉にかなり訛りがあることに驚いて、早紀の方を思わずぽかんと見ていた。すらりとした肢体に色白で狐顔の早紀から、東北弁風の訛りはなぜか想像しにくかった。

「早紀ちゃん、訛ってるんでちょっとびっくりしたろ。青森出身なんだっけ。」

春也や佐崎の反応に気付いたのか、柳井がそういう言い方で口を挟んだ。早紀以外の女性3人もこちらの反応を楽しむようにニコニコとこちらを見ている。

「そうがな。金沢に来でしばらぐ経づし、もうあんまり訛ってないと思うんだげど。さっぎは急に口はさんだがらがな。」

早紀は言って照れるように笑った。意識して喋っているからか、早紀の言葉には先ほどのような強い訛りは感じなかったが、やはりところどころに東北訛りらしき濁点やアクセントがあった。

「わだしも3月生まれで、早生まれだがら、早い季節と書いて早季っていう名前になるところだったんだけど、同じく字数が悪いとかで、この字の早紀って名前になったんです。それでなんが似てるなあっで思っだがら。」

早紀は自分の名前の漢字を宙に書きながら春也の方に微笑んだ。宙で動く細く長い早紀の指に春也は思わず見とれて、その後早紀と目が合ったが、すぐに視線を逸らし下を見てから、また自信がなさそうなしぐさになってしまったと後悔した。

はじめは皆表情も固く、会話も途切れがちだったが、アルコールも手伝って、次第に店の喧騒に溶け込むように皆の会話も弾んできた。春也は目の前に座る早紀にアメフトのルール等を説明したり、逆に早紀の中距離トラック競技の話などを聞いたりしていた。佐崎や柳井を見ると、こちらもなかなか楽しそうな様子で陸上部の子と話をしている。荒藤一人だけが、誰とも会話もせず、何やら手持無沙汰そうに、腕を組んだり、伸びをしたりして時間を潰している。時々不機嫌そうな表情になっては、自分でそれに気付いてか、上を向いて何やら考え事でもしているかのように装っている。店に入る前にも荒藤に話し掛けていた成田という名前の、小柄で筋肉質な女が、荒藤の方を興味がありそうな様子でのぞいており、荒藤もその視線を感じているらしいが、それに気付かぬふりをしているようだ。荒藤は欠伸をするふりをして、腕を頭の後ろに組み、

「ああ、体が痛え。」「ああ、しんどい」「ああ、眠い」

等と、会合が始まる前に皆に言うなと釘を刺していた言葉を自ら口に出している。にやにやしながらそう言っているところをみると、誰か男達にかまってほしくて、わざとそういう言葉を言っているように思える。

「おい荒藤、眠いとか、しんどいとか言うなよ。みんなに失礼だろ。」

少し離れたところから、春也がそう言うと、

「あぁ?失礼だ?おれは感じたことを一人で呟いただけだ。お前、女の前だからって気取るなよ。そっちの方が失礼だ。かっこつけやがって。おれはいつも通り自然な自分でいるだけだ。」

怒ったように荒藤は言い返した。荒藤が手持無沙汰そうにしていたから、荒藤のためにあえて声を掛けたのであるが、強く言い返されて、春也は多少かちんときた。

「気取っているのはお前だろ。かっこつけてないで、みんなと話せよ。せっかく新しいシャツも着ているんだから。」

春也が挑発するように言うと、周りの女性達は荒藤と春也の強い口調に驚いたように、会話を止めて2人の様子を見た。女の中では成田だけが、その様子を楽しそうに眺めている。

「まあまあ、びっくりしないでよ。いつもこいつらこういう感じだからさ。別に喧嘩してるわけじゃあない。」

と、店に入る前に言った言葉と同じ言葉を、柳井が女性陣に繰り返した。荒藤はその柳井の言葉を無視して、

「さっきも言ったが、これは新しいシャツではない。古いのをたまたま久しぶりに着てきただけだ。大体、お前は毎日同じ服を着ているからといって、かっこつけてないことにはならんぞ。」

荒藤の声は徐々に大きくなっていき、そこではじめて女性達の方を見て言った。

「こいつ、いつも同じTシャツを着ていやがるんだ。不潔だろう。いやまあ正確に言えば、何枚も同じTシャツを持っているので、衛生学的には不潔ではない。俺は、精神的な意味で不潔だと言っているんだ。いつも同じ格好をして、逆に気取っているのに、気取ってないと思っていやがる。おしゃれをする奴よりもっとタチが悪い。」

荒藤は演説でもするかのように真顔で、女性達の方に向けて言ったが、成田を除く女性達は怯えたように目を丸くして荒藤の方を見ていただけだった。

「気取っているのはお前だろ、いつも汚らしい格好をしているのに、今日はそんな服着てきやがって。いつもの醤油で煮込んだようなTシャツはどうした。いや服なんかはどうでもいい。それより、女性の前だからって、カチンコチンになりやがって、笑顔の一つもない。笑顔がないから、俺とお前が本当に口喧嘩しているように見えて、みんなびっくりしている。」

女の前で、カチンコチンになっていると言われたことが効いたのか、荒藤は急にしゅんとして、何も言い返してこなかった。荒藤が黙ったことで、座は一瞬静かになったが、荒藤の隣に座っていた成田がにこにことしながら、

「アラフジ、笑顔。アラフジ、笑顔。アラフジ、笑顔。」

と歌を歌うようにリズムを付けて、手拍子とともに繰り返したので、皆もなんだかそれにつられて、同じように節をつけて荒藤を除く7人全員が手拍子を合わせて囃した。当の荒藤はバツが悪そうに、しばらく皆の合唱を俯いて聞いていたが、

「わかった、わかった。頼むからもうそれは止めてくれ。」

とはにかんだ笑顔を見せて、本当に恥ずかしそうにして言った。それを合図に皆それぞれの会話に戻っていき、元通りそれぞれ楽しそうに会話を続けた。早紀との会話の合間に、春也は荒藤をちらと見ると、荒藤はまだひとりしょげたように俯いていたが、隣の成田に時々話しかけられて、何事か返事をしていた。

しばらくして、再び荒藤の方を見ると、いつの間にか荒藤はいなくなっており、隣にいた成田も佐崎達との会話に混ざっている。

「あれ、荒藤は?」

と春也が成田に聞くと、

「荒藤くんなら、体がしんどいから先に帰るって。皆に気を遣わせて悪いからって言って、こっそり出ていったよ。誰かに何か聞かれたら、『本当に申し訳ない』って言っておいてくれって言ってたよ。荒藤くんてなんだか変わってるねえ」

成田は、何も気にしていない様子でそう答えた。

「あいつ、まじで帰ったの?」

成田の返事を聞いていた柳井は、多少むっとした表情で言ったが、しばらくするとそれも忘れたように、皆との会話に戻っていった。

2、3時間があっという間に過ぎて、店の前で女性4人と別れると、春也は荒藤に電話をかけた。その電話を待っていたかのように、荒藤はすぐに電話に出ると、

「終わったか。反省会をする。早く来い。さっきのところだ。」

とだけ言って、電話は勝手に切れた。さっきのところと言うので、春也、佐崎、柳井の3人は最初に集まったドーナツ屋の3階に行ってみると、夕方集合したのと同じ場所に、同じようにオレンジジュースとドーナツを皿に置いて荒藤は座っていた。春也達が入ってくるのに気付くと、

「申し訳なかった。おれが全て悪い。」

と意外にも、荒藤は立ち上がって何に対してか分からぬ謝罪をした。真剣な体を装っているが、にやにやと笑うのを堪えている感じが伝わってくる。

「あんな合コンなんかで愛は見つからん。おれはどうかしてた。」

反省会と言うから、細かく色々なことに文句を言うのかと思いきや、荒藤は妙にしんみりとそれだけを言った。

「来週から合宿だな。女のことなどさっさと忘れた方がいい。」

荒藤を除く春也達3人は、まだ先ほどまでの女達との甘ったるいような時間の余韻を引きずっていたが、荒藤から合宿という言葉が出ると、皆表情を変えた。皆合宿のしんどさを思い出して、気が重くなっている様子だった。結局、ドーナツ屋ではほとんど話もせずに、店を出た。

帰り道、合宿のことを思い出したせいか、皆口数が少なくなって、とぼとぼと石川門の前を歩いていると、

「合宿かあ」

と佐崎が声に出して言った。皆それぞれ来週の合宿をどう乗り切るか考えているようだった。荒藤は女のことなど忘れた方がいいと言っていたが、春也は反対のことを考えていた。また早紀と会えることを励みにすれば、しんどい練習も合宿も乗り切れるような気がする。女達との別れ際、街灯の下で俯く早紀の姿が百合の花のように見えたのを思い出す。春也は想像の中で、彼女の俯く顔を上げさせて、その顔を思い出そうとしたが、早紀の顔は浮かんでこなかった。なぜか別れ際に、春也のところに近づいてきて

「早紀ね、彼氏と最近別れたみたいで元気ないの」

と言ってきた成田の声と顔ばかりが思い出された。

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