【青春スポーツ小説】「この世に女はいないと思え」第10話 

スポーツ小説

それから何日か後になって、練習後に更衣室で着替えていると、柳井が近づいてきて、

「早紀ちゃん、いいってよ。部活の同期と一緒に飯でも食おうて誘ったら、陸上部の友達4人で行くってさ。」

と春也と荒藤にどちらに言うでもなく言った。春也は一瞬の内に、彼女と対面する瞬間を想像し、どきりとしてその言葉を聞いた。

「よっしゃぁぁ」

練習後の開放感も手伝い、荒藤は大げさに喜んで、

「女と会うなんて久しぶりだな。陸上部の女4人か。でかした柳井。となると、問題はこっちのメンバーだな。柳井は誘ってくれたし、顔つなぎ役として入れてやろう。それからまあ佐崎もいいだろう。無口だが、女に一般的に受けが良さそうな奴を入れておいた方がいいからな。問題はあと一人だ。ちょっと女と話せる奴を連れて行くか。」

等と勝手なこと言っている。周りで着替えていた同期の連中が自分を連れて行け等と言い出したが、

「春也も行くだろ。大体この話は、この間トレーニングした時に春也が言いだしたんじゃなかったっけ」

佐崎が少し離れた場所から言うと、

「いや、これは俺が柳井に頼んだ話だ。俺が紹介してくれと頼んだのだから、俺に人選する権利がある。こいつも行きたいのかもしれないが、今回は遠慮してもらおう。こういううだつのあがらぬ奴がアメフト部に多くいると思われては俺たちの沽券に関わる。お前は女のケツなど追う暇などないはずだ。女などお前には10年早い。この世に女などいないと思って練習に集中しろ。あんなしょぼいプレーをしているようでは、お前も恥ずかしくて女に話しかける自信もないだろう。」

間髪入れずに、にやにやと笑いながら荒藤が言う。最初は柳井と佐崎を見ながら、途中から春也を見ながら笑いながら言ったところを見ると半分は春也をからかっているようだが、半分は本音だろうと思う。自分に自信がないのは、荒藤の言うとおりだったし、女など自分には早いとも思う。しかし、そう自分で自覚しているだけに、荒藤にそう言われると自分が情けなく、荒藤に対してなのか、自分に対してなのかは分からぬが、腹立たしくもあった。普段はさして気にならぬ「こいつ」だとか「お前」だとか、そういう荒藤の自分への呼び方も、その時に限って妙に気に障った。荒藤は春也を名前で呼ばなかった。他の同期の連中のことは名前で呼ぶのに、春也のことだけはなぜかいつも「お前」だとか「おい」だとか、そういう言葉で済ませていた。照れなのかと春也は思っていたが、そうでもないかもしれぬとも思う。だとすれば、自分への蔑視の表れかと思うこともある。

「もちろん、おれは行くよ。俺と柳井と佐崎と、あと一人どうするかだな。」

多少むっとする気持ちもあったので、春也は隣の荒藤の方は一切見ずに、柳井と佐崎の方へ向いてわざとそういう言い方をした。

「あぁ!?」

荒藤が怒ったように大声を出したが、にやにやした笑顔は消えていない。

「そうだな、俺と佐崎と春也と、あと一人どうするか。」

佐崎が面白がって、春也に加勢すると、

「おいおいおい、ちょっと待てよ。なあ柳井。俺が頼んだんだよな。」

荒藤はからかわれているのを分かって、わざとうろたえたような声を出した。

「いや、俺はお前に頼まれたから、早紀ちゃんを誘ったわけじゃない。この間、春也が彼女に見とれていたから、紹介してやる気になったんだ。だからお前に頼まれたことは関係ない。俺と春也と佐崎と、あと一人どうするか。」

柳井もにやにやしながら言う。そこへ4年の南野が大きな体をまだところどころ濡らしながらシャワー室から素っ裸で出てきて、

「誰に女が10年早いって?さすがだな荒藤、そんな大口を叩けるところを見ると、お前のプレーはよっぽどすごいんだな。今度の合宿が楽しみだ。」

すでに更衣室から先輩は全員出て行ったと思っていたが、南野一人はまだシャワー室におり、春也達の会話も聞こえていたらしい。同じポジションの先輩であり、副主将でもある南野にそう言われて、荒藤は急にしゅんとし、にやついていた表情も固くなってしまった。

「いや、そういう意味じゃないんすけど・・。先にミーティング行ってます。失礼します。」まだ裸でいる南野にそう言って、荒藤がそそくさと更衣室を出たので、春也達も更衣室を出た。更衣室を出ると、更衣室の中のむっとした空気から解放されて、夜の空気が新鮮だった。黒々した木々の上の夜空に星がいくつかチカチカと光っている。

「おい、お前今度の合宿でこってり絞られるぞ。」

柳井がからかうように荒藤に言うと、荒藤はさきほどとは変わって真面目な顔で、

「おれは本当のことを言っただけだ。こいつには女はまだ早いと思うからそう言ったまでだ。そういう意味では、南野にもまだ女は早い。いつも俺たちに『フットボールに集中しろ』などと言うくせに、自分は彼女とうつつを抜かしやがって。なんだ去年のあのざまは。去年あの試合で負けたのは南野のミスが一つの敗因でもあると俺は思っている。合宿でおれを絞るつもりなら絞るがいい。おれは簡単には絞られん。おれはプレーではまだ南野には及ばぬかもしれん。だが、あいつの言う『フットボールに集中する』という気持ちの面ではどちらが上かあいつに分からせてやる。おれにもまだ女は早いかもしれん。だが、それとこれは別だ。合宿を乗り越えるためにも、俺を連れて行け。いいな。」

最後の部分だけ笑顔になって、醤油で煮込んだような色の、元々は白かったであろうTシャツを夜風で膨らませながら、夜空の星を見上げるように顔を上にあげた。こいつは本当に南野に簡単には絞られぬであろうと、隣で胸を張って歩く大男を春也は頼もしく感じた。しかしそうは言わずに、

「かっこつけて、偉そうに言うな。」

と春也が言うと、

「お願いしますから、どうか俺を連れていってください。」

と荒藤は道化た口調で、柳井と佐崎と春也の3人を順番に見て、腰をかがめて拝むしぐさをした。

 

その会合が世間一般に言われているところの合コンというものかは不明であったが、荒藤はこの会合を合コンと呼び、しんどい練習の前などには

「あと何日で合コンが待っているから、お前ら今日の練習を乗り切れ」

等とおどけて言っていた。しかし、その日が近づいてくると荒藤は、

「やっぱり女と会っても何を話していいか分からんな。急に行きたくなくなってきた。」

等という発言をして、では荒藤には今回遠慮してもらおう等と柳井が言うと、

「いや、やはり俺は行く。俺無しではまとまらんだろう。」

と荒藤は言って、行く、行かないのそのくだりを何度も繰り返した。

早紀とその友人3人と会うことになった日、練習が休みの日を選んだので、各自家から集合することとし、

「こういうものはきちんと作戦を練って臨んだ方がいい。試合でも何でも事前の準備、イメージトレーニングが重要だからな」

と荒藤が主張するので、女性陣に会う2時間前には春也、荒藤、佐崎、柳井の4人は金沢市の中心街である香林坊のドーナツ店に集合した。春也が集合時間より早めに待ち合わせの店の3階に着くと、荒藤が100%オレンジジュースと甘そうなドーナツを皿に乗せ、固い表情で座っていた。見慣れぬ明るい色の格子柄の半袖シャツを着ており、そのせいか、修学旅行に際して新しい服を着て来た小学生のような落ち着かなさがある。

「なんだ、お前のその格好。そんな服、持ってたか? 新しく買ったな。」

春也が言うと、

「ずっと前から持っていた。ほとんど着ずに押入れの中に突っ込んであったのを、今日ふと思い出したので、たまたま着てきただけだ。」

「たまたまではないだろう。素直に選んで着てきたと言え。」

しばらくその服についてのくだらぬ言い合いを荒藤と笑いながらしていると、佐崎と柳井が練習に来るのと同じような格好で現れた。佐崎と柳井もすぐに荒藤の服に気が付いて、

「なんだその服、買ったのか。でも、やけにぴちぴちだな。そんなに肉体を強調するなよ。」

と笑いながら言った。

「どいつもこいつも買ったのか、買ったのかとうるさいな。大学に入学する時に買って、そのまま着ずにいたものだ。それを今日たまたま着てきただけだ。ぴちぴちなのもそのせいだ。体を鍛えた成果だ。悪いか。そんなことを言うならおれは今日は裸で行く。いいな、お前らが責任を取れよ。大体、いつもと少しでも違う服を着ると、お前らが『その服は買ったのか。』等といつも聞いておれの服購入を牽制するから近頃は新しい服など買ったためしがない。お前らだってそう聞かれるのが嫌で、いつもの服を着てきたんだろ。こいつを見てみろ。惨めなもんだ。気にし過ぎて、毎日同じ白いTシャツばかり着ている。今日だって迷った挙句、きっと同じ白Tシャツと短パンにしたんだろう。」

怒ったようなふりをして言い返す荒藤を3人は笑いながら見ていた。春也は、荒藤の言う通り、考えた結果、同じ白Tシャツを着ていた。

「いいか、お前ら、今日の合コンでは潰し合いだけはやめろ。互いをからかったり馬鹿にしたりするような言動はくれぐれも慎め。それと、今回はおれに行かせてくれ。奴等の前で俺のことをさりげなくたくさん褒めてくれ、頼む。」

荒藤は何かの宣言でもするように言った。

「あんまり興奮してがっつくなよ。おれはお前とは違って、普通に彼女達と話して友達になれたらいいなと思っているだけなんだ。」

春也は内心、練習で感じるものとは別の、浮き浮きするような気持ちを春也も感じており、自分でも興奮しているのではないかと思ったが、それはなるべく出さぬように努めて言った。

「友達になりたいだ?友達になってどうする。女と友達になっても何の意味もない。気取ってかっこつけるな。それから、くだらん自己紹介タイムとか、出身地の話とかはやめろよ。もっと自然にしたい。話題に困っても、自分達にだけしか分からない冗談や話題はやめろ。それから、疲れ自慢、体が痛いとかの怪我自慢、眠いふりとかはやめろ。」

「そうやめろやめろと規制ばかりするな。そっちの方が不自然だし、何を話していいか分からなくなる。」

佐崎が荒藤に反論したが、

「そう言わなくても、佐崎はいつも何も話さんだろう。」

そう荒藤に言われて、佐崎は可笑しかったのかひとりで微笑して黙った。

「普通にしてろよ。いつもの通りでいいよ。お前らは普通にしてれば、面白いんだからさ。」柳井が話をまとめるように笑いながら言う。

「こいつらはその普通というのが分からないんだよ。お前と違って、女と話す機会などほとんど皆無に近いからな。だから俺が一つ一つ教えている。こうなったら、最初から最後まで、何を話すか決めておいた方がいいかもな。」

荒藤が言って、2時間ほど、最初は何の話題にすべきか、どんな冗談を言うべきかなど、同じような話を4人は笑いながら繰り返した。実の無い話であったが、4人の顔は普段と違った楽しみに輝いていた。女性陣との待ち合わせ時間が近くなり、話題など一つも決まらず、結局いつも通り話そうということになり、そろそろ待ち合わせ場所に向かうという段になって、

「やばい、急に帰りたくなってきた。腹が痛くなってきた気がする。おれ、やっぱり今日はやめていいか。いや、やはり行くべきか。でも、俺は合コンなどに参加する男だとは思われたくないな。そうか、俺は遅れていくか。どうしても参加してくれと頼まれて遅れて来たという形にしてくれないか。な、そうしてくれ。」

荒藤がひとりそう呟いたりしていたが、皆もう話疲れていたので、もう誰も相手にはしなかった。

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