すみませんと簡単に言わない人間になる

生き方

これは傲慢になるという意味ではもちろんない。謙虚さを忘れるという意味でもない。自分の誤りを認めず謝罪できない馬鹿人間になるという意味でもない。

気弱な人なら共感するところもあるかもしれないが、私は簡単に「すみません」と言い過ぎなのだ。何も悪くなくても、すみません。失礼なことをしていなくても、すみません。挨拶がわりにすみません。狭い廊下をすれ違うだけですみません。

時には申し訳なさそうに、「すぅ」とだけ言って、その意味するところが「すみません」なんだか「ありがとうございます」なのか、自分でも分からない時がある。

すみませんという時、たいがい頭をひょこっと下げている。時には、あわせて上目遣いで相手の反応を窺っている。

この言葉、この動作、自分の品位を自ら下げる行為だ。

もちろん、本当にすみませんと言うべき時はもちろんある。その時にはきちんとすみませんと言うべきだ。

しかし、失礼なこともしていない、詫びる必要もない、英語でいうとsorryもexcuse meも言う必要がない時もすみませんを連発している人は注意をした方がいい。

なぜ品位を下げるかというと、まずへりくだった弱い男だということを相手に印象付けることになる。これは相手が男であっても、女であってもだ。

人間は無意識のうちに、周囲の人間の階級付けを行っている。これは会社の上司とか部下とか、学校の先生と生徒とかの表面的な社会的上下関係とは別に行われる。

猿山でランキングがあるとか、飼い犬が自分の飼われている家族メンバーのランキング付けをしているのと同じことだ。

人間も動物だから、いつでもどこでも、意識的にも無意識にも、己の中での階級付けを行っている。

そこで、すみませんを連発している人間、往々にして平身低頭な動作も伴って、口癖のようにすみませんばかり言っている人間は、下に見られる。下の人間だと無意識のうちにランク付けされる。

女にも当然モテない。どの女が媚びへつらっている何でもすみません男を好きになるというのだ。女も無意識にランク付けをしていて、自分より下と思う男とはセックスしない。M男だからといってこの原則は変わらない。S女だって痴女だって、ランクの高いM男が好きなんだ。

もちろん、すみません行動は悪いことばかりではない。相手に謙虚さを示し、敵意がない、友好的な人物であるという印象を示すことはできる。潤滑油となる言葉や行動だ。

だが、それも悪く言えば、すぐに相手の軍門に下り、恭順する、媚びる。猿で言えば、私はあなたより下ですよと相手に示す動作をすることだ。

冷静にその利益と不利益のトレードオフを考慮して、計算高くすみませんを連発する生き方をしているんだという人もいるかもしれない。

職場ではモテる必要もないし、すみませんと言いまくって低姿勢でやった方が仕事もうまく回ると考えるかもしれない。だけど、そういう人は注意した方がいい。媚びグセができる。職場など、その場だけに留まらず、普段の生活でも下に出たり媚びることが習慣化する。

媚びる人間は醜い(俺のことだ)。謙虚さを履き違え、その実きちんとした人間関係を築けない。ただ相手の下になることで表面的に人間関係をうまくいかせようとし、その実、相手のことなどどうでもいいと思ってる。慇懃無礼。きちんとしたコミュニケーションを取れないから、ただ下に下に出ればいいと思っている。

すみませんは便利だ。ありがとうにも、ごめんなさいにも、失礼しますにもなる。だけど、ありがとうと置き換えられるならありがとうと言った方が百倍いい。自分のためにも相手のためにも。

だけど最後に言いたい。すみません人間を俺は好きだ。コミュニケーションがうまく取れず、無様に、醜く、すみませんと平身低頭繰り返す。そしてそんな自分が好きになれず、悶々と自己嫌悪する。そんな哀しき優しきすみませんキチジロー男を俺は好きだ。

でも、俺はすみません男をやめようと思う。以上です。

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