オナ禁6日目の爽やかな朝

自慰禁

オナキン6日目の朝である。日にちが伸びていないのは先週手淫をしてしまったがためである。

まあ、いい。やり直しだ、やり直し。また一からやり直しだ。オナニー欲、ポルノ欲とは一生たたかい続けていくことになるのかもしれない。

何度も言うが、俺はオナニーによる歓び、ポルノの愉しみを否定はできない。ただ、それを超える人生本来の歓びがあるはずだし、ポルノを見ていると人生が黒々としてくる感覚があるので、その感覚に従ってオナニーやポルノをやめたいと願っている。

だが、俺は言わない。もうオナニーなんてしないなんて言わないよ絶対。

またいつかしてしまうのは分かっているからだ。

そして、俺はこれも言わない。もうオナ禁なんてしないなんて言わないよ絶対。

ポルノへの欲望、過度なオナニーへの欲望とは、一生付き合い、たたかい、抑えていこうと思う。

最近のオナニーはよくない。徹夜してしまったりする。体への負担がでかい。にも関わらず、えがったあというオナニーもできていない。

あの、電流が頭に流れ、頭が真っ白になり、絶頂鮭のごとく震え口が開くオナニーが最後にできたのはいつ頃だったろう。

おそらく30になるくらいまでだったか。

スポーツの世界のピークが10代、20代にあり、学問の世界のピークもノーベル賞受賞研究にみるように20代にあるように、オナニーのピークも10代20代にあるのかもしれないことは、こんなとこで俺が書くまでもなく自明のことなのかもしれない。

今日は四時に目が覚めて、今は近所のコーヒー店に来た。朝の晴れた空を見ながら飲む大量のコーヒーは、カフェインを脳インしてくれて最高だぜ!

最近の幸せなひとときはこんな時間だ。オナニー漬けの生活では味わえない歓びだと思う。

血流どろどろ血湧き肉踊るマグマ噴出のごとき刹那のオナニーをとるか、清流さらさら清き水のごとくチョロチョロと継続的に流れ出る生活の歓びをとるか、全てはその人の価値観の問題だ。肯定も否定もできるもんじゃない。

否定できるのは、どっちもバランスよく歓びを享受なんてできないことだぜ。少なくとも俺はな。

話は変わるが、しかしポルノなんて幻想だぜ。風俗だってな。くさい下着つけた臭い体液だって流れ出る、俺たちと同じ体のバランスも悪い女どもの、体も生活もその一部を切り取って、俺たちに幻想を見せてるんだぜ。

そして俺たちはその幻想に、ときに敢えて、時に知らずに騙され興奮する。だがな、女ども、勘違いするな。傲慢になるな。敢えて騙されてることの方が多いんだぜ。勘違いしていいオンナ気取るんじゃねえぜ。

今朝の俺からは以上だ。

コメント