人との接し方について 自分も自己中になるべきか、否か

弱い男の生き方

まとめ

俺たちM男・気弱男は良い意味で傲慢、自己中になるべきです。

本当の愛は、自分の意見ややりたいことをきちんと主張した先にあるはずです。

しかし、S男のふりはせず、M男はM男のままでいいです。

なぜ自己中で傲慢な人が多いのか

なんでみんな自己中なんだとか、傲慢なんだとか、強気になれるんだとか思ったことはないでしょうか。私はあります。小さい頃から弱気な性格だった私は、かつては優しかった。いや、正確には優しいと勘違いしていました。弱気な奴は優しい(と勘違いしている)ひと、利己的でない(と勘違いしている)ひとが多いと思います。私は、嫌なことでも強く断らないために、学校でも嫌な役を任されることも多かったです。気付くと自分ばかりが損をしていることも多かったです。揉め事、争いごとも嫌いだし、自分が我慢してうまくいくなら、それでいいやと考えることも多かったです。

子供の頃は、なんでみんなで優しくし合わないのだろう、我慢し合わないのだろう、そうすればみんながうまくいくのに、なんて真面目に思っていました。だけど、実際の世界は違いました。わがままな奴、自分勝手な奴、傲慢な奴、いじめてくる奴がいたりして、みんな自分の利益を最大化するために行動してる。それは当然のことなんだけど、小さい頃の俺には違和感がありました。

学校でも、職場でも、声の大きい奴、強く主張する奴が得をし、静かな奴、黙ってるやつ、弱気な奴は損をすることが多いです。個人の人間関係にとどまらず、組織だってそうだし、国だってそうです。軍事力を持って強い(主張する)国の意見が通り、弱い国はそれに従うしかないです。ゲーム理論のとおり、自分が不利益を被るのを防ぐため、みんなが自己中心的になる。

いじめられたくなければ、自分も強くならなければならない。損をしたくなければ、自分も主張せねばならない。北朝鮮が核開発してるのだって、国の利益を守るためです。北朝鮮だけを責めるのは間違っているはずです。みんなが一斉に利他的に行動すれば、優しくなればいいですが、現実には起きえないと感じます。遺伝子レベルで利己的に行動するように、私たちはできています。

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表面だけの優しさは偽善だ。自分を愛せない奴は他人も愛せない

そもそも、自分の利益を主張しない、他者の利益を優先させることが、果たして良いことなのかという議論があると思います。人間関係にしても、社会にしても、健全な発展は利他的な行動だけでは望めないとも思えます。石原慎太郎氏は小説「化石の森」の中で、他者への本当の愛というのは、きちんと自分を愛した上で、自分の境界をきちんと守った上で成立するものだというようなことを言っていました。

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弱気な人には優しい人が多いと冒頭で言いましたが、それは弱気男自身の、または周囲の勘違いの可能性が高いと思います。自分の弱さを優しさと勘違いしているのです。自分が嫌われたくないから、問題を作りたくないから、自分の気持ちを主張しない。そんなのは優しさではないです。人間同士の(国家間でも)相互理解、愛というものは、互いの主張をぶつけあった後に分かり合えることが多いです。男が喧嘩した後に仲が深まるというのに似ています。自己利益を主張し合わない表面だけの優しさは、偽善であり、意味を持ちません。

私は、弱気男・M男の性格を変えるべきだと言っているのではないです。弱気な人は、そのままでいいし、M男はM男のままでいいと思っています。人間の性格、嗜好はそう簡単には変わらないし、変える必要もないです。ただ、あなたの優しさが本当に他者のためになっているか、本当は自分を守るためのものなのではないかと今一度考えるべきです。時には、良い意味で、傲慢に、自己中心的に、自分の意見をきちんと主張し、相手と気持ちを戦わせるべきです。だけど、気弱でそれができないから困っているわけで、具体的にどうしたら良いかはまた書きたいと思っています。

性癖にも自己中であれ、正直であれ

授乳手コキがしてほしければ、寸止め手コキがしてほしければ、アナルにエネマグラを突っ込んでほしければ、顔面騎乗をしてほしければ、自分はそういう嗜好の人間だということを女性に伝えていかねばならない。S男のふりをして、彼女を作っても、一生そんなプレイはしてもらえない。一生自分を我慢して過ごすのか。一生をかけた我慢プレイがしたというM男は別にして、そんな人生が幸せでしょうか。表面的な、偽善の愛は、あなたも彼女も不幸にします。

なぜ神は我らをM男にしたもうたのか、なぜ犯罪的嗜好者を作ったのか、なぜこの世に悲劇が絶えないのか

余談にはなりますが、ここには問題が残ります。先天的に、性的対象が幼児であるとか、殺人をして興奮するとか、犯罪行為が無上の喜びなのだとか、そんな人は一体どうしたらよいのか。そんな人は今の社会ではその嗜好を我慢してもらうしかないです。自己利益を追求されたら社会が迷惑だからです。

話がもっと逸れるが、では、なぜ人が神と呼ぶところの大きな力は、宇宙は、そんな犯罪的嗜好を持つ存在を創造したのか。利己的な遺伝子によって生み出される争い、もっと言えば、病気、貧困、なぜそういう悲劇には神は沈黙を続けているのか。微々たる悲劇とはいえ、なぜチビで弱気で見た目も悪い、もてない俺が存在しているのか、なぜ神は沈黙を守り、俺たちの願いに、疑問に応えてくれないのか。そんな気持ちを持っている人はぜひ↓遠藤周作「沈黙」を読んでほしいです。そんな疑問に対する一つの答えを明示しないまでも、提示してくれていると私はとても感じました。「私は沈黙しているのではない。・・・のだ(ネタばれになってしまうのでやめておきます。)」以上です。

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