一切のエロを排除せよ【エロ禁原理主義論】

自慰禁

どうせオナ禁をするなら、エロ禁をしないか。どうせエロ禁をするなら徹底的にエロを排除しないか。

そんなエロ禁原理主義者からの誘惑にかられる。ポルノ動画や画像を排除するには飽きたらず、日常生活においても、最大限性的な妄想を排除し、究極、女性を最大限見ないように心掛けるのである。

そんなやり過ぎとも思えるエロ禁原理主義者の思想であるが、オナニー依存、ポルノ依存となった我々には効果があるとも思える。その理由の一端を考察したい。

男は意識的にも無意識的にも、毎日毎日性的なことに思考を割かれている。街を歩けば、女性をチラ見し、バディを確認したり顔を確認したり。電車に乗っても同様。職場でも同様。タチが悪いのは、こういった確認、チラ見作業は、自分がやりたいやりたくないにかかわらず、無意識のうちに行われるのである。そして、それは性的なものとつながっているのだ。

その度に性的な妄想をしていると言いたいわけではない。男性なら思いあたるだろう、今朝からの我が身を振り返って、または今からの自分を確認してほしい。信じられないほどの視線を女性の確認作業に送っている。

これはかつて悪いことではなかった。雄にとって、性行すべきメスを一早く察知し、その健康状態や性的魅力を観察するのは、種の保存のために、有すべき能力であった。

しかし、この能力、現代においてはどうだろう。人類の人口は爆発的に増大した。かつては小さな共同体で暮らしており、周りはほとんど知り合い、たまに知らない女を見るといった具合だったはずだ。

現在、特に大都市では毎日毎日膨大な数の女性とすれ違う。その膨大な数の女性を無意識に確認、スクリーニングしているのだから、我々の脳は非常なエネルギーをその情報処理に消費していると考えられる。

特に、ポルノ依存者はそのエネルギー消費に拍車がかかると私は考えている。ポルノが大好き、オナニーが大好きなあなたなら、経験があるのではないか。ポルノばかり見ている時には、街の風景のいろんなものが性的なものに映ることを。穴を見ればヴァジャイナを、棒を見ればペニスを、半球物体を見ればおっぱいを想起する。そんな状態だから、一般の女性を無意識に確認しては脳内で性的な思考をコンマ何秒の短時間の世界で繰り返しているはずだ。

我々の脳は、性的な思考で疲労しているのである。

その疲労を取り除く作業が、一切のエロ排除、いわゆるエロ禁原理主義者である。

実はそれは大して不自然な話でもない。例えば、胃腸が疲れている時、人間はどうするか、なるべく消化しやすいものを少量摂り、胃腸を休ませる。究極には、ある程度の絶食期間を置き、胃腸を回復させるのだ。それと同様のことを性疲労、性依存でもやろうではないか。

性疲労を起こしている脳を、体を回復させ、失っていたエネルギーを別の生産的なものに向かわせるのだ。オナ禁による性エネルギーの昇華はここに極まる。

この世に女はいないと思え(参照・ブログ内小説)それくらいの気持ちでエロ禁をしてみるのも一興。何事もやってみないと分からない。

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