オナニーは覚せい剤と同様、幸福感・感動・快楽の前借りである

自慰禁

オナニーて、覚せい剤などドラッグと似て、幸福感、感動、快感の前借りだと思うのです。日々の生活の小さなことで感じるはずの気持ちの高揚、感動、幸福感を前借りしている。

オナニー中の濃密な時間に脳内物質をドバァーッと出している。オナニーしてる時は最高ですよ。オナニーは工夫次第で最高の興奮と快感を得られる。思い出してもぞくぞくするくらいの興奮と快感です。

でも、その他の大部分の時間が台無しになる。日常生活で喜び、驚き、楽しみ、そういったプラスの感情が味わいづらくなる。オナニーにハマればハマるほど、無感動、無感覚に近づいていく。

人が出せる、もしくは受容できる脳内物質て限りがあると思うのです。短期的には1日の間でも、長期的には人生全体を通してのスパンでも。この記事「モテてもモテなくても、金持ちでも貧乏でも、感じられる幸福量は同じ」でも書きましたが、人が感じられる幸福量・不幸量には境遇による大きな差はないと思うのです。

薬物の王様ヘロインは普通の人が一生のうちに感じることができる快楽、幸福感の総量の快楽を一度に味わえるといいます。しかし、ひとたびその快楽の虜になってしまうと、もうヘロインのことしか考えられなくなり、その他の人生の出来事には一切無感覚になってしまうといいます。

オナニーばかりやって快楽の最大化を目指す生き方が間違っているとは一概には言えません。オナニーはやってる時は最高だし、オナニーによる快楽を否定するつもりもないです。要は、その人の選択の問題です。

現実世界の幸福ではなく、電脳世界のポルノによる興奮、快楽を選ぶのだという人に、あなたの考え方は間違ってるなんて言う権利は誰にもないと思います。周囲に迷惑をかけなければ、それは人生の価値観の問題ですから。

所詮、人間の幸福感なんて脳内物質による電気信号に過ぎないじゃないかと。その電気信号を得るためのきっかけが現実世界のセックスだろうと、ポルノ動画によるオナニーだろうと結局得るものは変わらないじゃないかと。そもそも、現実世界のセックスによる興奮・快感も、ポルノ動画による興奮・快感も、結局は脳の電気信号による認識に過ぎないではないかと。

やがてVRや拡張現実が発達し、現実世界の五感による認知と差がなくなった時、それでも人は現実世界の幸福を選ぶだろうか。

と能書きを垂れましたが、それでもオナニーによる幸福・快楽の前借りはやめて、現実世界での不幸も含んだ体験による感動、喜び、幸福を選びたい。

それは死ぬ瞬間に、どっちが満足できる人生だったと振り返れるかと考えると、やはり電脳世界でもオナニーよりも、現実世界でしんどくても幸福を目指して生きるべきだと思うわけだからです。

 

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