【警察小説・Kiss the Rain】第12話 冬②

警察官小説(刑事モノではない)

それは、12月の彼の誕生日だった。その日島田は、彼女をレイプした。

その日、教会で皆が集まり長い時間を過ごした後、彼女は島田のところに来て、

「今日、これから時間ある? また少し話したいな」と言った。こんな日に彼女は伊藤と何か予定でもないものかと訝ったが、島田の方には何か予定もなかったから、夕食を一緒に取ることにした。こじまんりした、暖かなランプ色の洋食屋で夕食を食べている間、彼女はほとんど口を開かない。白い歯が何本も見える彼女の優しそうないつもの笑顔もその日はまるで見られない。彼女が何か考えている、もしくは落ち込んでいることは一目瞭然だった。はじめ島田は触れてはいけぬことのように思って、彼女が自ら話し出すのを待ったが、彼女がいよいよ沈黙を続けるので、島田はどうかしたのかと聞く。彼女はそれを待っていたかのように、両手に持つナイフとフォークを分厚い黒鉄板の上にことりと静かに置いて、長い睫と共にその顔を上げ、大きな黒い瞳で島田を見据えた。白い、半ば蒼白な彼女の顔は、朝露に濡れて咲く白い花のように清らかだった。その花弁の中で一対の瞳が瑞々しい。

「やっぱり伊藤さんのことで悩んでしまって・・。男の人て、誰でも浮気とかするものなのかな・・。」

彼女は島田に質問しているのか、ただ自身の疑問をひとり呟いているのか判別不可能な調子で言う。島田は考える。浮気とはなんだ。風俗も浮気なのか。彼女にとってはそうだろう。落とした視線の先で、木製のテーブルに掛けられた布製のテーブルクロスが燃えるように赤かった。

「そんなことはないと思う・・。誠実な男はいると思う。分からないけど・・。」

島田は次第に小さくなっていく自身の声を感じながらそう答えるとまた俯いた。狭い店内は何組かのカップルで埋められ、レンガのストーブで温められてゆらゆらとゆれる空気が、それぞれの顔を赤く火照らせていた。彼女から漂う甘い匂いが先ほどから島田の鼻に入る。

「・・おれが伊藤さんならそんなことはしない・・」

小さい声で島田がそう呟くと、彼女は再び俯いていたその顔を素早くあげて島田を見た。彼女は何かに驚いたかのように目を真ん丸にして島田をしばらく見つめていたが、島田は自分の口から出た言葉に嫌悪を覚えて彼女の視線を慌てて避けた。

食事を終えて店を出たが、話足りないので、彼女の部屋で話そうということにどちらが誘うということもなく話がつく。暗く人通りのない住宅街を歩いて彼女の部屋に向かう途中、今日はお酒でも飲んでしまいたい等と彼女がぽつりと呟いた。彼女が飲酒をしないことを島田は知っていたから、その言葉は島田の心を動揺させた。

彼女の明るい部屋に入ると、彼女はいつもの笑顔を取り戻していた。小一時間ほど世間話などをして笑っていたが、ふと寂しげな表情になったかと思うと、また笑顔に戻って、

「うん、やっぱり今日は少し飲もうかな。特別だしね。ほんとはお酒飲むのは良くないと思うし、ましてや男の人となんてダメだけど、まあ島田くんだからいいよね」

島田くんだからいいよね。島田はその言葉に自分への侮蔑を感じる。彼女はそういう意味で言ったのではないと普段ならば感じたかもしれぬが、つい最近話した友人の言葉が島田を刺した。おれは何もできない男だと思われている。

彼女はそう言って立ち上がると冷蔵庫から、お祝いのために買っておいたという安物のシャンパンを取り出してきて、炬燵テーブルの上に置いた。ビールでも飲むのかと考えていた島田は、洒落た包にくるまれたピンク色のシャンパンを見て拍子抜けしたが、ほんの僅かのシャンパンを飲んだだけで彼女はその顔を赤く染めた。

取り留めのない会話を続けて、彼女は何度も楽しそうに笑顔を見せた。頬に紅を乗せたように彼女の顔は血色が良くなり、彼女が笑うと赤いハイビスカスが咲いた。彼女はすっかり酔っぱらったようで、熱い吐息をついている。気付くと島田と彼女の二人でシャンパンを1本開けていた。元来酒が弱い島田だったが、その日はなかなか酔わなかった。至極冷静な頭で、目の前で気持ち良さそうに体を柔らかくしてしなだれ座る女を見る。2人の間に会話は無くなり、彼女は時折眠そうに体を揺らす。酔った彼女の体の上に、島田は舐めるような視線を這わせた。島田の手が届くすぐ目の前で、タイトなブルージーンズに包まれ、きちんと揃えられた脚が横にたたまれている。白く長い足の指が互いに寄り添っている。横座りのために強調される腰回りのカーブと白い薄手の長袖シャツを持ち上げる彼女の胸部を島田の視線は何度も往復した。普段ならそのように注視できぬ彼女の躰を繁々と見つめる等、自分もやはり酔っているのかもしれぬと島田は思う。島田の陰部はきついジーンズの中でずっと固くなっていた。もう何か月も禁欲を続ける陰茎の先からごく少量の液体が時折滲み出るのを島田は感じていた。顔の火照りと呼吸が大きく速くなるのを感じ、血走った眼で彼女を見ている自分を意識する。

島田が彼女の躰から視線をゆっくりと上げた時、上気した笑顔を向ける彼女と目があった。紅潮させた顔を惚けたように斜めに傾け、三日月形の目の笑顔を作っている。島田は硬直した作り笑顔で応えるが、彼女の何でも見透かしているような、しかし何の警戒もしていない、眠そうで屈託のない笑顔が島田に向けられ続けているのに気付き、島田は急いで視線を落とした。彼女の優しく包むような笑顔が島田に向けられている間、島田は俯き、彼女の部屋のクリーム色のカーペットを見ていた。

「なんだか頭がふらふらする。」

彼女は酔った様子でそう言うと、隣のベッドにもたれかかる。

「大丈夫?」

「少し横になったら治ると思う。」

彼女は焦点の定まらぬ目で言って、隣のベットに横たわる。

柔らかそうなベッドに沈む彼女の躰のすぐ横で、島田はただそこに一人座っていた。足を直し正座をすると、目を見開いて歯をきりきりと噛みしめた。彼女の白い部屋はやけに静かで、無機質だった。白いキューブの中で、横たわる彼女と正座の島田が浮かびあがる。真っ白な壁のただ一点を、見開いた目でじりじりと睨んだ。やりたくない。しかし、やるべきだ。やりたい。しかしやるべきではない。矛盾した2つの考えを島田は長く反芻していた。非常に長い5分間をそうして過ごして、島田は一度ゆっくりと目を瞑り、その目を開けて立ち上がった。

台所に行き、コップの水で錠剤を一つ飲む。ずっと以前、3度目の風俗を失敗した後、島田はそのバイアグラをインターネットで購入していた。買ったことを後悔し、使わず捨てようと思いつつも、長い間引出しの奥に眠らせていたそれを、島田は友人と電話で話して以来携帯するようになっていた。島田の陰部は先ほどから固いままだったし、不要だとも思ったが、島田はそれを飲みこんだ。

部屋に戻ると、明かりを落とし、暗いベッドのすぐ傍に島田は立った。色も表情も無い男の顔が、ベッドに横たわる彼女の顔を見下ろしている。島田は彼女に口づけをし、体全体で彼女に覆い被さった。彼女は目を大きく見開き、島田と目が合う。

「やだ・・」

島田はもう一度彼女にキスをしようと顔を近づける。

「やめて」

彼女の手が島田を押しのけようとするが、島田は動かなかった。島田は左手で彼女の右手組を掴みベッドに押し付け、右手で彼女の胸部をまさぐる。島田は自らの体重を彼女に乗せて、体全体で彼女を押さえつけた。

「やめて、やだ! やめてー!」

彼女は小さく叫び、蹴った。彼女の抵抗がむなしく空を切る。男に押さえつけられ、女の声が、やがて懇願する弱弱しいものに変わっていく。

「やめて・・やめて・・・」

島田は彼女の乳房を舐めた。ジタバタと暴れる彼女の手足は全く島田にダメージを与えない。彼女は本気で嫌がっていないのかもしれない。もう少し強引に続けねばならぬ。それでやっと彼女にも大義名分を与えてやれるのかもしれぬ等と島田は思う。

暴れる彼女のジーンズを無理矢理、やっとのことで脱がした。本気で抵抗する者からジーンズを剥ぎ取れはしないだろうと島田は思う。やはり彼女は待っているのかもしれぬ。

彼女の声と手足の抵抗がむなしく続く。それは本気で言ってるのか、蹴ってるのか。島田の中指が彼女の陰部を触ると、それは湿っているように思えた。その指を中に入れていく。

彼女の懇願する声が大きくなる。彼女の脚が激しく抵抗し、島田の胴を何度も蹴ったが、島田の指が入るにつれてその抵抗も小さくなっていく。その抵抗は本気だったのか。島田が指を動かすと、彼女の口から嗚咽とも喘ぎとも分からぬものが周期的に漏れた。

小さくなった彼女の抵抗を片手であしらいながら、島田は絶望と共に、自らの下着を取り去った。暗い部屋の中に、己の小便の匂いが僅かに漂ったような気がする。島田は知っていた、自分の陰茎が縮こまっていることを。彼女の躰に一番最初に覆い被さっていく時に、勃起した己の陰茎が急速に縮まっていくのを、島田は冷静に感じとっていた。縮小した陰茎に絶望を感じながら、島田は女の胸をまさぐり、舐め、女の哀願と抵抗を受けつつ、無意味とほとんど知りつつ、女の陰部に指を入れ動かした。わずかな期待を女の乱れる肢体と飲み込んだ錠剤に掛け、女の哀れな蹴りを無表情で何度も受け続けた。

その期待も最早破れたことを知りながら、自らの動きを止めることができない。もうやめたい。やめさせてくれ。彼女は本気で懇願し、抵抗し、嫌がっている。彼女は待ってなんかいなかった。自分だってやりたくなかった。暗闇の中で島田の陰茎は何かに怯えたように縮んでいた。脳みそに爪を立てて掻き毟るような苛立ちが、島田の体の隅々まで走る。その苛立ちが、彼女の中にある島田の指を、ミミズが這うように蠢かせた。

島田は己の芋虫のように縮小した陰茎を彼女の濡れた陰部に擦り合わせた。彼女の躰に完全に覆い被さり、自らの躰と彼女の躰を密着させてぎこちなく腰を動かす。自分の耳のすぐ横に彼女の顔があった。彼女の哀願する声が島田の耳のすぐ横で響く。彼女はほとんど肉体的抵抗を止め、「やめて・・」と、不明瞭な発声でただ哀願を繰り返していた。その声を耳のすぐ横で聞きながら、島田は柔らかいままの己の陰茎を女の陰部と何度か擦り合わせる。島田は体を起こし、暗闇に横たわる女の下半身を見ながら、陰茎を自らの手で擦る。何をしてもそれは一向に膨らまなかった。柔らかいままの陰茎を指で持ち、無理やり女の中に入れようと試みる。柔らかな肉の壁にぶつかって、島田のそれはぐにゃりと曲がって折れる。島田は大きく溜息をついて、女の躰から後ずさって離れた。50cm程前で、島田を待ってでもいるかのようにM字型に開く女の脚を見て、「だめだ・・・ごめん。」と何についての謝罪なのか分からぬ謝罪を口にした。

何時間もの間、暗闇の中に、ただ沈黙が流れた。横たわり続ける彼女に布団を掛けて、島田はカーペットに座る。その態勢のまま、2人ともずっと微動だにしなかった。寒い外気が部屋に入り込み、何時間も経った後、島田が口を開く。

「おれは・・・ごめん・・でも・・おれは・・・一生愛し続ける準備がある・・おれと・・付き合ってほしい・・」島田は自分の言葉に鳥肌が立った。

「そんなこと・・・もう信じられない・・・」暗闇の中で死体のように横たわる彼女の口から掠れた声が少しずつ零れ出た。彼女のすすり泣く声が聞こえる。

「ごめん・・こんなことをしておいてそんなことを言って・・でも、嘘じゃない・・。

ほんとに・・ごめん・・」

「謝らないで・・。部屋に上げて、お酒なんか一緒に飲んで・・」

彼女が鼻を啜りながら泣く。

「ほんとに・・・ごめん・・・」

「だから謝らないで! それが悲しくて泣いてるんじゃない。ただ、セックスってもっと愛があるものだと思ってた・・・わたしは・・セックスしたことがないから・・。伊藤さんにもずっと・・・結婚するまでって言って・・。彼もクリスチャンだし、分かってくれてると思ってた。・・でも・・私がいつまでもセックスしないから・・。彼が浮気してるんじゃないかって。それで・・・島田くんから手紙もらって・・。それを読んで・・うう・・私・・・結局自分も彼と同じじゃないかって・・。」

島田は自分の体から一斉に血の気が引いていくのを感じた。彼女の声は小さかったし、言葉はすすり泣きとしゃっくりに混じって、ところどころ何を意味するか分からなかった。混乱している為だろう、文章もうまく繋がっていなかったが、島田の心を散り散りに引き裂くには十分だった。何が偽善者にはなりたくないだ。島田は激しい動悸と眩暈を感じ、貧血で倒れる時のように頭に血が回っていないのを感じる。呼吸は短く浅くなり、ひどい吐き気を感じた。彼女は布団に包まってすすり泣いている。その泣き声と定期的なしゃっくりの音を朦朧とした頭で捉えながら、12月の真夜中の冷気と暗闇の渦の中で、島田の思考は完全に停止した。暗闇に浮かぶ無機質な白い立方体の中に、下半身を裸のままにした男と女が浮かぶ。その男と女を、暗闇のカーテンの隙間から、午前3時の青い月がじろじろと覗いていた。

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