67日目 オナ禁してようが憂鬱にもなるしニキビもできる

なんだか最近憂鬱です。オナ禁していようが運動してようが食事や睡眠に気をつけていようが、憂鬱にはなります。仕事の時間的拘束ストレスか、人間関係のストレスか、気をつけていても良い睡眠を取れていないせいか、原因など分かりません。

大きなニキビも顔面に2つ連続してできました。超新星爆発しています。ニキビは中国語で青春痘と言いますが、31歳でも私の青春は終わっていないです。

何が言いたいかというと、オナ禁してたって全部うまくいくわけじゃあもちろんないってことです。当たり前ですが。

オナ禁を始めた頃は、オナ禁による効果への期待と希望で気持ちも高まります。重要なのは変化への期待だと思うのです。

私はまだ67日目で偉そうなことは言えませんが、だんだんとオナニーをしないことが当たり前になってきました。自分の今の状態もこれが普通だと感じるようになりましたが、しかし、これ以上の心身の変化が訪れるとは思えない。つまり、オナ禁がマンネリ化してきているのです。すると、変化への期待、希望が薄れてくるのです。

オナ禁67日も例えば150日も、心身の状態にはそれほど大きな変化はないのではないかと思います。以前オナ禁を240日くらいした時には、そのように感じました。

重要なのは、心身の内部変化より、オナ禁中の行動力により、外部変化を起こすことだと思います。それが長期オナ禁の効果として感じることなのだと思います。

言い換えれば、短期オナ禁の効果は自分の体の内部変化という効果を動かずとも感じる期間、長期オナ禁の効果は外部変化という果実を積極的にもぎ取りにいく時期なのだと思います。

だから、俺は憂鬱になってるヒマなんてない。ニキビなんて無視すりゃいい、爆発してようが、俺はそんなささいなことを気にする男ではない。

ニキビを気にする俺自身に言いたい。お前にニキビができたところで、何も変わらない。 ニキビを気にするだけ、人間を下げるだけだ。

憂鬱を解消するのは、ひとつひとつの積み重ねだけだ。どんな些細なことでもいい。腕を少しだけ大きく振ってみるとか、擦れ違った人に無理して微笑んでみるとか、その辺に落ちているゴミを拾ってみるとか、なんでもいい。自分のためにやることだ。人にどう思われても気にしないことだ。

見知らぬ人に微笑んだら、変な人だと思われるかもしれない。ゴミを拾ったら偽善だと思うかもしれない。でも、微笑み返してくれる人もいる。そしたら、人の笑顔がいかにパワーをくれる。ゴミを拾ったら自分の気分がよくなることがある。こんな些細なことでも自己肯定感が少しだけ上がるからだ。人にどう思われてもいい。自分のために、小さなことを少しずつやる。

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