【M男の欲望】第6話「恵里の禁欲14年目」

愛の小説

14年目

四年前、子供が小学校に上がったのを機に、恵里は仕事を始めた。以前の会社には戻れなかったので、市の任期付職員に応募して採用された。駅から徒歩1時間ほどの場所に、30年ローンでマイホームを購入したので、その返済をしなければならなかった。夫が結婚2年目に作った借金は、義理の両親に肩代わりしてもらったままだったので、任期付職員の多くない収入でも、少しずつ両親に返そうと考えたのも理由の一つだった。

マイホームを購入しようと決めるくらいだから、夫のパチンコ通いが続いているとしても、夫が言うところの息抜きの範囲で収まっているのだろうと信じていた。中小企業の少ない額とはいえ給料やボーナスも、毎月全額を家計に入れてもらっていたし、相変わらず帰宅は遅いが、夫が言うように本当に残業をしているはずだった。休日は午後になるとやはりそそくさと出掛けていくが、休みの日くらい息抜きをさせてあげなくてはと思っていた。

息子はのんびりした性格で気の弱いところもあったが、健康であれば良いといつも思っている。幼稚園に通わせていた頃、息子を迎えに行くと、子供たちは園庭でサッカーをやっていた。嬌声をあげて走り回る子供の中から、息子を探したが見当たらない。ようやく、息子が園庭の隅でひとり寂しげに座り込んでいるのを見つけて、恵里が近寄っていくと、息子は嬉しそうに微笑んだ。

「なにやってるの?みんなと一緒に遊ばないの?」

息子は困ったように俯いた。

「見てるの」

息子は何をやっても遅いので、どうやら仲間に入れてもらえないらしかった。幼稚園のお泊まり会でも、食べるのが遅く、皆から外れてひとり最後までカレーを食べていた。

小学生になったとはいえ、そんな息子の首に鍵をぶら下げさせて、仕事に行くのはやはり気がひけた。仕事を終え急いで家に帰ると、息子が部屋の照明もつけずにいつも自分を待っていた。急に雨が降り出した日、帰宅すると息子が濡れた夫のシャツを持ってしょぼくれている。聞くと、雨が降ってきたので、ベランダの洗濯物を中に入れようとしたが、小学一年生の息子の背丈では手が届かなかったという。

「ジャンプしたけど、これしか取れなかった。」

目に涙を浮かべていた。そんな息子を見て、頼りにならぬ夫の代わりに、私が頑張らねばと改めて思った。

夫は徐々に変わっていった。出会った頃の、穏やかなおぼっちゃまといった感じはなくなって、見た目も言葉遣いも少しずつ荒くなっていった。吸わなかった煙草を日に何十本も吸うようになり、遅くに帰宅するとほとんど毎日アルコールを飲んだ。健康を気遣って注意しても、酔うと気が大きくなるのか、声を荒げて応える。酒や煙草のせいか、好んでインスタントフードばかり食べるせいか、吐く息は臭く、歯は汚れていた。いかにも中年男性という体型になり、頭髪は薄く、服装にも清潔感がない。恵里が夫に新しい服を買って着せると、途端に服が萎びて見えた。

それでも恵里は夫を愛していた、はずだ。時折夫が見せる優しさが、たまらなく嬉しかった。結婚する以前の、優しかった夫を忘れられなかった。可哀想な人なんだと思う。あの母親に過保護に育てられ、甘やかされてきたが、同時に、夫本人の選択や行動は否定ばかりされて生きてきた。私が夫を愛し、認めなければ、誰が夫を肯定するのだ。

昨年、結婚13年目の年だった。帰宅の遅い夫をいつものように待っていると、電話が鳴った。小学3年生になっていた息子が電話を取ったが、無言電話だという。しばらくしてまた電話があったが、相手は今度も無言だと息子が言う。3度目に恵里が電話を取ると、名前も名乗らずいきなり低い男の声が言った。

「あんたの旦那、ずっとやってるぞ」

「どちらさまですか。ずっとやってるってなんですか。」

動揺してそれだけ聞き返すと、

「ケイト」

そこで電話は切れた。ケイトとは何であろうと少し考えて思い当たった。自宅から車で20分ほどの場所にあるパチンコ屋の名前だった。電話の男を不審に思ったが、銀の玉に見入る夫の姿が目に浮かび、電話の男が誰であれどうでもよくなった。

翌日、恵里は仕事が終わってすぐ、そのパチンコ屋の駐車場で夫の車を探すと、まだ午後6時過ぎにもかかわらず、夫の車が駐車されていた。その晩遅くに帰宅した夫は何食わぬ顔で、仕事が忙しくて遅くなったといつものように言う。恵里は一週間、そのパチンコ屋の駐車場に通い、毎晩夫の車を確かめた。大音量の音楽と煙草の臭いがひどいパチンコ屋の店内に入り、どうかいないでくださいとまだ願う。遠くから夫の姿を認めると、心臓が締め付けられ、その場で固まった。声を掛けることも、近くへ寄ることすらできなかった。口は半開きで、背中を丸めて座り、目だけが爛々と興奮しパチンコ台に見入っている。見てはいけないものを見たという感覚だった。あの夫の顔は見たことがあった。腹が痛くて眠れないからと言って、寝室に来ない夫を気遣い、深夜にリビングルームを覗いてみると、夫はアダルトビデオが映されたテレビに見入って陰茎をしごいていた。暗闇の中、画面からの光に照らされて、夫の興奮した顔が見えた。その時の顔と同じだった。

日曜夜遅くに帰ってきた夫に、毎晩パチンコ屋に通っていることを問い詰めると、パチンコは休みの日にたまにやるだけで、平日は仕事だと嘘をつく。不審な男から電話があったことを告げると、職場の同僚からの嫌がらせだと夫は言う。挙句、なぜ仕事で疲れている自分を責めるのだと怒ってその場を離れようとしたが、パチンコ屋の駐車場に停まる車の写真を1週間分見せると、急に口数が少なくなった。それから、夫が少しずつ話し始めた内容は恵里の想像を超えていた。結婚2年目に借金をしてからは、恵里に言ったとおり、息抜きの範囲を超えずにやろうと思っていたという。パチンコ等誰でもやっていることだし、借金さえしなければ、何も問題ないと考えていた。一日で何万円もの儲けが出ることも少なくなかったし、小遣い稼ぎになると思った。しかし、実際は一度に10万円近く負けることも多かった。負けが込むと何とか取り返してやろうと躍起になった。すぐ返す、少しだけならと金を借りて、返済が滞った。恵里に心配かけまいと、給料は家に全額入れていたので、借金を返すために、別のサラ金から借金をしてやりくりをしてきたという。話しているうち、夫はまた怒りだし、借金額が今では1500万円以上に膨らんでいると最後は吐き捨てるように言った。思い切り殴られたような衝撃を感じて頭が揺れた。言葉が出てこず、代わりにただ涙が出た。夫を責める気力すら失って、しばらくその場で茫然と座りこんでいると、怒っていた夫は口調を変えて、静かに言った。

「パチンコは金輪際やめる。やめたい、やめなければとずっと思っていた。今回、君に借金が分かったことで、やっとふんぎりがついた。今まで本当にごめん。必ず君を幸せにする。もう1回だけチャンスをくれ。」

この10年ずっと待っていたのかもしれない言葉を聞いても、まだ夢の中にいるようで、言葉がうまく頭に入ってこなかった。恵里がまだ黙ったままでいると、しばらくして夫は独り言のように言う。

「それにしても、電話してきた奴は誰だ。やっぱり職場の誰かが僕を嵌めようとしてるんだ。あの会社は仕事にやりがいもないし、足の引っ張り合いばかりしていて駄目なんだ。前から考えていたことなんだけど、これを機に会社をやめようと思う。」

会社をやめる? 何を言っているのか。パチンコや借金までが職場のせいと言わんばかりの口ぶりだった。

「前から会社に依存する人生は駄目だと考えてたんだ。駅前に新しいスタイルのコーヒー店を開こうと考えてる。実は、既に親に相談してあって、資金として三千万借りられることになってる。開店資金を節約すれば、借金もなんとかなる。」

夫はまだ何か言っていたが、恵里にはもう何も聞こえなかった。

恵里が最後まで反対した「キャンバス」という名のコーヒー店を夫はあっけなく一年でつぶした。人生という大きな絵を描くという意味で夫がつけた店名は、恵里には最初から絵空事にしか聞こえなかった。店にはほとんど客という客もつかず、後に残ったのは、親への多額の借金と、広告用に作った大量のポケットティッシュだけだった。垢抜けぬ店のロゴが入ったポケットティッシュを見るたびに惨めな気持ちになる。おそらく一生使っても使いきれぬ量のポケットティッシュが、死ぬまでまとわりつく不幸を象徴しているように見えた。

夫は結局何も変わらなかった。損益予想の計算もなしに店を始めて、一時はそれに熱中しているかに見えたが、店に客が来ないと、気分転換と称して出かけ、遅くまで帰ってこなかった。パチンコ通いが始まったのは、何を聞かなくとも明らかだった。開店して1年も経たずに不定期に休む店に、客がつくはずもない。恵里は役所勤務の任期を更新し仕事を続けていたが、恵里の収入だけで家のローンを払い、親へ借金を返済しつつ、家族3人の生活を養うことは不可能だった。夫は2度目の転職先を探したが、特別なスキルがあるわけでもない四十台の男を雇うという会社はなかなか見つからなかった。そんな状況に夫は焦るよりも、自分を必要としない社会に対して文句を言い続け、やっと見つけた会社は、前の会社よりも更に小さな零細企業だった。

夫が新しい職場で働き始めた頃、恵里は職場で受けた今年の健康診断で、胸にしこりがあると指摘を受けて、病院で検査を受けた。検査の結果、乳がんの可能性があり、さらに詳細な検査が必要と医師から言われた。悪性か良性かの判別がつかないため、腫瘍の一部を針で取り出して細胞組織を調べる必要があるという。医師は検査結果が出るまではなるべく心配しないようにと言って、言及を避けたがったが、恵里が何度も聞くと、腫瘍の形状から考えて悪性の可能性が極めて高いことを遠回しに言った。

自宅に帰るといつも通り息子が待っていた。母が仕事から帰宅して、嬉しそうに笑顔を見せる息子は、周りの小学5年生と比べると体も小さく、だいぶ幼く見える。夕食を手早く作り、息子と2人で食べたが味がよく分からなかった。夫が帰ってきたら相談しよう。話せば気持ちも少しは落ち着くかもしれない。そう思って夫を待つ。今日は早く帰ってくるかもしれない。かつてはそうやって毎日期待して夫を待っていた。それはいつか怒りに、そして悲しみに変わり、いつしか諦めに変わっていた。諦めたはずの夫の帰りをまた待っている。不安と怒りと悲しみと諦めが混ざって、いつ破裂してもおかしくなかった。

「お母さん、だいじょうぶ?」

息子の前ではいつも明るく努めてきたが、息子はなんでも気づいていたはずだ。その日も普段との違いに気づいた息子にそう聞かれて、夫に吐き出そうとしていた不安が、涙とともに溢れ出てくる。自分は癌かもしれない。自分がいなくなったらお父さんと暮らしたいか。お父さんはギャンブル狂のああいう人だから、おじいちゃんとおばあちゃんと暮らした方がいい。息子をいたずらに不安にする。言わざるべきことを言っていると分かっていても、恵里は自分を止められなかった。

息子は泣いていた。恵里の涙が止まっても息子の涙は止まらなかった。息子は小学校に上がってから、ひどくいじめられていた。体は小さく、気も弱い息子がいじめられているのを恵里はずっと前から気づいていた。息子に内緒で、学校の教師にも相談したが、事態は一向に変わらなかった。夫に話しても無関心だった。そもそも夫が子育てに真剣に関与したことなどほとんどない。男親にきちんと育てられていないことも、息子がいじめられる遠因ではとすら考えた。いじめについて、息子から聞いたことは一度もなかった。恵里の前で泣くことも弱音を吐くことも一切なかった。繊細な息子には父のやっていることも、母の心労も痛いほど分かったのだろう。これ以上恵里に心配をかけまいと、自分が弱音を吐くわけにはいかないと思っていたのかもしれない。その息子が、お母さんがいなくなるのはいやだと泣き続けている。

泣き続ける息子を見て、恵里の気持ちは落ち着き、不思議と強く固まっていった。この息子のために、自分は死ぬわけにはいかない。生きねばならない。離婚もしない。必ずなんとかなる。私の愛で夫を変えて見せる。

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