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【M男の欲望】第2話「恵里の禁欲1年目」

愛の小説

1年目
私が夫に惹かれたのはなぜだったろうと、最近夫の帰りを待ちながらよく考える。見た目は、良くない。170cmに満たぬ身長とバランスの悪い体の各部位。頭は大きく、足は短い。手足は小さく、指も短い。女性が大きな手足や長い指に惹かれるのは、それが男性器の大きさや健康度を示すものだからと聞いたことがあるが、少なくとも彼は色気を感じさせるような外観は持っていなく、褒めるとすれば、坊ちゃん然とした攻撃性のない顔立ちくらいだった。

自画自賛するわけではないが、恵里の見た目は悪くない、はずだ。小さい頃から、美人だと周りの大人から言われてきたし、学生時代も言い寄ってくる男が絶えなかった。自分で鏡を眺めても、高身長に、すらりと伸びた手足、均整のとれている体格は綺麗に見えた。

出会いは職場であった。最初にお互いを認識したのは、職場の給湯室であったはずだ。当時、社会人になったばかりの私は、職場に来ると、まず、給湯器のお湯を入れ替える作業をしていた。多くの人が一度は疑問に感じたことがあるであろう、なぜ新人職員だけが、こういった雑用をやらねばならないのだろうかということを、恵里も感じていたので、当時はもう新人とは言えぬ年次だったはずの夫が、朝の給湯室でゴミの片付けをしていたのをよく覚えている。

「おはようございます」
挨拶すると、彼はちょっと驚いたように恵里を見た後、すぐに視線を下げ、頭を下げたか判別できない程わずかに頭を動かした。それから日に一、二回、給湯室で彼に会ったが、毎回そんな愛想のない挨拶を交わす程度だった。愛想のない挨拶ではあったが、不快な感じは受けなかった。むしろ、ゴミの片付けなどを黙ってやっている彼に恵里は好感を持った。

ある朝、恵里は彼に話しかけてみた。内容は覚えていない。自分の仕事の話だったか、職場の話だったかと思う。彼の反応は挨拶同様乏しいものだったように思うが、同じく悪い印象は持たなかった。それから、給湯室で会うと、二人は話すようになった。ほとんどがとりとめのない話ではあったが、彼との会話は楽しいものだった。いや、楽しいと言うと語弊があるかもしれない。それは心を落ち着かせるひと時だった。それはきっと彼との会話の中に男性の持つ性的積極性を感じなかったからではないかと、今になって思う。恵里の若さもあって、知り合った若い男の多くは、打ち解けるとすぐに食事などに誘ってきた。好意ではあるのだから、嬉しくないことはなかったが、学生の頃から続くそんな男達とのやり取りに辟易していたということもあった。

彼の場合はそんなそぶりを全く見せなかった。給湯室で会話をするようになって、恵里としては打ち解けてきたつもりだったのだが、デートに誘うどころか、給湯室以外ですれ違うなどしてもろくに目も合わせてこない。それが逆に、彼に対して興味を持った理由だったのかもしれなかった。
彼にはじめて男性として好感を持ったのは、恵里が職場の先輩にからかわれた時だったのだと思う。職場の給湯室で彼と話していた時、同じ課の先輩が入ってきた。

「またこんなとこで2人で話してる。」
2人は何も言わずに黙った。彼は視線を落としている。

「佐野のことからかってるの?まさか、こいつのこといいと思ってるとか?課の中で噂になってるよ。こんな気弱な男たぶらかして、恵里ちゃんてもしかして痴女?」

何が面白いのか、先輩は笑っていた。彼は隣でしばらく落ち着かない様子だったが、
「僕のことはいいけど、彼女のことは訂正して、謝ってください。」
真剣な表情だった。

「おいおい、ムキになんなよ、佐野。冗談だろ。」
先輩は茶化すように言って、その場を離れていった。この人は頼りなく見えるけど、優しくて芯は強い人なんだと感じた。

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