主張はどうあれ正直な人が好きだ 慎太郎、橋下、トランプ、太蔵、圭佑、堀江、博之、北野

弱い男の生き方

俺は正直な人、本音で生きる人が好きだ。石原慎太郎も、橋下徹も、ドナルドトランプも、杉村太蔵も、本田圭佑も、堀江貴文も、西村博之も、北野武も。その人の主張、行動が正しいかどうかは俺には知識や知能が足りなくて分からないことがあっても、その人が正直な人かどうかは俺たちは非常に敏感に察知できる。その人の話す言葉、顔つきから判断できる。きっと、それは古からの人間の生存にとって必要な能力だったからだ。

自分が嘘ばかり、フェイクばかり、作り笑いばかり、建前ばかりの人生を送っているから、正直な人への憧れが強い。主張や行動の正しさは、その人間の能力とも関係するが、正直かどうかは能力とは関係がない。アドラー心理学でよく言われる勇気の問題だ。

勇気を持って正直に生きられるかどうか。勇気を持って自分の正しいと思うことを言えるか、行動できるか。自分の好きなことを勇気を持ってできるか、言えるか。

その言葉、行動が正しいかどうかは俺にとっては二の次だ。だって正しいとか間違ってるとか、善悪とか、そんなものに絶対的な基準はないからだ。善悪は主観的なものだったり、時代によって変化するものだ。人を殺してしまうとか詐欺で人を騙すとかでない限り、自分の信じることをやればいい。

なぜ正直になれない。なぜ勇気がでない。それは自分の人生を生きていないからだ。他人の評価、社会の作った基準の中で生きているからだ。周りに、社会に嫌われることを怖れているからだ。それは、しかし当然の恐怖である。昔から、そして今も、人間は一人では生きていけないからだ。嫌われたくない、周囲とうまくやりたいと考えるのは当然のことである。

正直に生きられる人は、周りに、社会に嫌われるかもしれないという恐怖を克服できたということか?否。克服したわけではない。正直な人だって、孤独は怖い。ではなぜ自分の価値基準の中で行動し、正直に生きられるのか。それは自分のことを信じているからだ。自信だ。そして、そんな自分を社会が受け入れてくれると、他者を、社会を信じている。

自分を愛せる人は、自分に自信がある。自分を信じている。自分を愛せる人は、他者を愛せる。社会を信じている。正直な人は、自分を、社会を信じている、世界を愛している。

作り笑いを浮かべ、社会の慣習に外れないよう、他人の基準で生きる俺のような奴はどうだ。一見、他者に配慮し、他者を尊重して生きているように見えて、その実、自分が周りにどう思われるかばかり考えていて、自己中心的であり、ちっとも他者を、社会を、世界を信じていない。愛していない。

自分に自信が持てず、自分を愛することができない。自分に正直に生きたら、ありのままの自分を見せたら、他者は、社会は、自分を拒絶するかもしれないと怖がっている。他者を、社会を信じていない。自分を愛せない奴は他者を愛せないと言われるのは、このことだ。

自分のMな性癖を見せたら、彼女は自分を嫌うのではないかと考えるのは、自分を、彼女を、世界を信じていないからだ。

正直な人には愛がある。みんな愛が好きなんだ。聖書も言ってる。神は愛であり、愛が神だと。そして俺たちにはみんな愛がある。愛を感じることができる。自分に自信を持つんだ。自分を愛して、他者を愛したい。世界を信じたい。

コメント

  1. ラブ より:

    で、結論どうするの?
    オナ禁が答えか?能書きだけか?

    • 佐崎慎治 S野M男 こと 佐崎慎治 より:

      コメントありがとうございます。結論は正直でありたい、本音で生きたいということです。オナ禁のことはこの記事書いた時には考えてませんでした。能書きだけかもしれないですね。能書きチビと言われたこともありますので。

  2. 黒人女性 より:

    正直なんじゃなくて、独善的なだけかもしれませんよ?
    自信があるんじゃなくて、肥大化し歪み切った自尊心をぶら下げてるだけかもしれませんよ?

    他者や社会を信じてるんじゃなくて、「俺の意見は正しいに決まってる、だから俺に逆らうんじゃねえ!」みたいな、単なる横暴なパワハラ気質サイコパスであるだけ、というほうが、可能性としては高いんじゃないですかね?

    自分が正しいと疑わない、自分が間違っていて他人や社会のほうがもしかしたら正しいのかもしれない、と可能性的に考えもしない、人に己のエゴや価値観を押し付けることしかできない、哀れな永遠の精神的未熟児なのかもしれないですよ?

    もちろん佐崎さんが本記事で言うような人もいるとは思いますけど。

    • 佐崎慎治 S野M男 こと 佐崎慎治 より:

      コメントありがとうございます😊 黒人女性さんがおっしゃるとおり、独善的なだけかもしれないですね。自信がある人には、独善的なひともいれば、そうでないひともいますよね。何にせよ、人間をカテゴライズはできませんね。本記事が、そんな風に聞こえてしまったら、誤解を与えてしまいました。ときに、なぜ黒人女性という名前にしたのでしょうか、気になるところです。また読んでもらえたら嬉しいです。