自分を幸せにするものは何か常に考えて行動・選択する

俺は馬鹿だ。いつも自分の人生を人に委ねてきた。みんなが行くから大学に行き、みんなに人気があるところや、皆から認められそうな職場を選んだ。皆がいいと言う場所に住み、美味しいと評判の店で食事をする。皆がやってるやり方で仕事をし、皆が遅くまで働いているから、俺も残業をし、昇進を目指す。皆が童貞は恥ずかしいというから恥じた。30歳をもって皆が自殺することが当然の世界なら、自分も自殺したのではないか。

そこに自分の嗜好や幸福感は欠如している。他人のよしとする人生を生きてきた。

そんな生き方で、幸せになれる人もいるだろう。自分の価値観が大多数の価値観と概ね合っていれば、大した疑問も持たず幸せに暮らせるかもしれない。

しかし、自分に関していえば、やっと、そんな生き方では幸せになれないことに気がついた。

これは大きな選択や生き方だけの話ではない。日々のほんの些細な選択も、自分の幸せ、心から求めることは何か考えて行動し、言葉を発さねばならない。

飲み会に誘われた時、土日の予定を入れる時、寝る時間、起きる時間、電車に乗る時間、なんとなく皆がやることに合わせていないか。

各人の嗜好が千差万別なように、各人の幸福も異なる。皆が同じ生き方で幸福に辿りつけるわけがない。

それには先の記事にも書いたが、常に自分の心の声を聞くことだ。自分の体は、心は、自分が真に求めるものを知っている。ちょっとした喜びや嫌悪感を大切にすることだ。

周囲がなんと言おうと、自分の幸福、つまり自分の価値観でもって人生を、日々の行動を選択すべきだ。周囲の生き方に合わせて不幸や苦しさを感じても誰も助けてくれないし、責任をとってはくれない。

言い換えれば、自分の責任で自分の人生を選ぶべきなのだ。他人の人生を生きている俺は、自分の選択で人生を選ぶことにびびっている。うまくいかなかったときに、心の中で言い訳できるように、他人の選択を採用している。

オナニーを追求することで幸福になれると思うならば、オナ禁などせずに、オナニーをしまくればいい。逆もまた然り。大切なことは、自分の感性、価値観を信じ、自分の選択で行動することだ。

誰かがオナニーしてもいいというからするのではなく、誰かがオナ禁した方がいいというからオナ禁するのでもない。いつも自分の心と対話し、自分で自分の選択を、生き方を決めるんだ。

自分の責任で行動しろ、俺。

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