オナ禁ダムで快感を得るか、オナkingdomで幸福になるか(オナニーの歓び・禁欲の喜び)

生き方

首と背中の痛みが週の途中で良くなった。そうしたらどうだ。いつも感じることではあるが、急に気分が良くなった。多少ハイになると言っても過言ではない。首や背中が痛い時の暗澹たる気持ちが晴れ渡り、急に爽やかな晴天になったがごとし爽快感だ。

これはどういうことか。頚椎はぶっとい神経が幾本も通っている。そこを痛めると、気分を調整している電気信号や物質が堰き止められている状態になってしまうことがあるのではないか。首や背中が痛い際の鬱々とした気持ちはそれが原因の一つではないか。。

そして、その反対に、首背中の痛みが取れると、これまで堰き止められていた神経経路が急にスムースになる。ドバァと物質や電気信号が通る。それで雨天後の晴天のごとし気分を味わうことになるのではないか。

この論理は、寸止め長時間オナニーにも言える。何度も何度も何度も長時間に渡って射精を寸止めすることによって、興奮快楽物質は大量に放出されるも寸前で放出が堰き止められ待機状態になる。これをダムを放流するがごとく一気に解放してやるのが、長時間寸止めオナニーなのではないか。

そして、さらにこのことはオナ禁にも通じる。オナニーにより受容していた脳内物質を、それを禁止することで堰きとめる。そしてそれを解放してやる長期間オナ禁後のオナニーほど、興奮しまくり、気持ちいぃぃものを私は知らない。なお、これが有名なオナ禁ダム現象。

または、長期オナ禁すると堰き止められた脳内物質も感情も、それを放出する代替行為を探すことになる。それが運動だったり、仕事だったり、現実世界の女だったり、芸術だったり、諸々の建設的行為となりうるのだ。単に早起きして散歩するだけでも、オナニー依存中は感じられない喜びを感じることができる。そよ風が気持ちいいとか、樹木が綺麗だとか、依存中は感じにくい些細な喜びを受容できる。人生が建設的に、またはみずみずしくなる。これがいわゆるオナkingdom状態だ。オナ禁効果の理由の一つはここにあるのではないか。なお、オナ禁ダムで快楽を感じるのか、オナkingdomで幸福を得るのかは、俺たちのチョイスの問題だ。

さらに、これはオナ禁だけでなく、他の禁欲や欲求にも通じる。断食後の食事はうまい。運動でカラカラになった後の水はうまい。久しぶりに聞く音楽は心に染み渡り、童貞の感じるセックスの喜びはヤリちんのセックスの喜びに勝る。貧乏人が体感する喜びは、金持ちが感じる喜びに劣らない。というような話はこの記事に書いた

人間は幸福を目指す。みんな幸せになりたい。だけど、そんな幸福感は脳内物質に依拠する曖昧なものだ。人間は、自分にとって、自分の遺伝子にとって、良いもの、かつて良かったものだから、幸福や快感を感じることが多い。快感だけを追い求める人生が間違った方向にいくように、幸福感だって、人生の本当の指針にはなりはしない。

我慢、我慢、辛抱、我慢、快楽幸福物質どばあぁぁぁぁ イクぅぅぅぅぅ

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