五輪の経済効果がすごいと賞賛し、コストが膨らむと言って非難するメディアは馬鹿だ

生き方

ニュースでオリンピックのコストが3兆円に膨らんで問題だってやってる。馬鹿かよと思う。同じメディアがオリンピックの経済効果は○兆円とか言ってポジティブな報道してたのに。

オリンピックの経済効果とは、その多くが、準備期間や大会期間中のコストによるものではないか。オリンピックの準備でモノを作り、人が雇われる。それで金が動く。コストをかけずに生じる経済効果はもちろんあるだろうが、コストによる経済効果に比べれば小さいはずだ。

コストが膨らんで問題だと非難するなら、経済効果の大きさをコストの検証もなしに賞賛するなと言いたい。

非難されるべきはコストが膨らむことではなく、コストをかけても、社会の幸福量を高めるサービスやモノが生産されなかった時だ。重要なのはコストの大小ではなく、そのコストをかけてどんなものが得られたかである。

例えば、戦争があっても経済効果はある。戦争やるための武器・食料・資源を提供する国は働いた分、コストをかけた分、儲かる。経済効果だ。それで生産したものは殺人だ。

逆に、人的資源・時間・資源などのコストを使っても、社会にとって有意義なものが提供できればいい。オリンピックの場合、例えばコストをかけて不要なハコモノを作るのはダメでも、コストをかけて皆の幸福につながるハコモノを作ることができれば良い。

経済効果=善でもなければ、コスト=悪でもない。経済効果は経済損失にもなるし、コストはプロフィットにもなる。

オリンピックをやることで世界全体の幸福量は高まるのか。それを考えねばならない。日本にとっての経済効果がなんて、日本だけのこと考えるのも馬鹿だと思う。日本だけの経済効果を考えるってことは、自分だけ金持ちになればいいって考えてる個人と一緒だよ。

例えば、オリンピックの観戦に金が使われる時、その金は南米で野菜を生産するという労働で得られた金が使われてるかもしれない。世界の労働力・資源・時間は限られている。つまり地球の運営のためにかけられるコストは限られているってことだ。

西武ライオンズ優勝の経済効果という時、西武の試合見に行ったり、グッズ買ったりする金は、日々別の労働してる人の金から発生してるんだ。経済効果てのは、無から発生するもんじゃない。

有限のコストを、どう効率よく使って、世界に必要なモノ・サービスを生産するか。そしてどう人間が幸福になるかてことなんだ。経済がうまく回るてそういうことでしょ。

オリンピックが無駄だというつもりはない。オリンピックで人間の幸福量は上がると思う。でもそれがかけた分のコストに見合うかというとまた別の話だ。だからコストを抑えろって?そしたら経済効果も縮小するかもしれないぜ。コストを抑えるだけなら、オリンピック選手呼んで小学校のグラウンドで運動会すればいい。でもそれじゃ満足できないんだろ。俺は満足できると思うけどな。

話をタイトルに戻して、経済効果の質とそれにかけられるコストというのは一緒に議論されるべき表裏一体のものであって、片方だけを賞賛し、片方だけを非難できるものじゃないてことだ。

オリンピックを招致したい時には経済効果万歳と言い、招致が決まった後にはコストが膨らむと非難する。俺には二枚舌に聞こえてならない。

コメント

  1. より:

    なるほど

    • 佐崎慎治 S野M男 こと 佐崎慎治 より:

      Sさん、コメントありがとうございます。このサイトを作ってから初めてのコメントを頂き、とても嬉しかったです。また何でもいいのでコメント頂けたらありがたいです。