俺は”非モテコミットによる”愛を証明しようと思う

恋愛系の話

以下リンクの本「ぼくは愛を証明しようと思う。」を読んでおもしろかったという話はこの記事でも書いたが、俺は作中で呼ばれているところの、非モテコミットなるものを常にやっている。

ぼくは愛を証明しようと思う。 (幻冬舎文庫) [ 藤沢数希 ]

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非モテコミットとは、もてない男が、もてないが故に、一人の女性だけにコミットしてしまう、つまり尽くし誠実に愛そうとしてしまうことだ。

作中では、もてない男の行動として描かれているが、俺はそれを必ずしもダメなものだと思っていない。これからも続けていくつもりだし、俺は、俺の恋で、非モテコミットによる愛を証明したいと思っている。

作中で言われるとおり、俺のようにもてない男がそういう行動を無意識にでも、とってしまいがちな理由は分かる。しかし、それは男としての戦略なのだと俺は思う。雄としての強さによって、女性獲得競争に勝てないと感じた場合の、次の女性獲得の戦略なのだ。

女性が強い遺伝子を持つ男を好むのは当然だ。強い遺伝子とは、生存能力と生殖能力が高いことだ。健康であるとか、運動能力が高く、体が頑強であるとか、その遺伝子の強靭さで勝負できる男達は、上述の非モテコミットに走ることはない。他の動物と同じように、なるべく多数の女に自分の精子を注入しようとする。

その競争に自信が持てない場合、人間の雄が出る行動として、非モテコミットは合理的なものだと私は思う。

それは、女性は強い遺伝子を持ち、それを広くバラ撒ける男を好むと同時に、自分の生んだ子を保護してくれる男を求めているからだ。つまり、女にモテてたくさんの女とヤれる男を求めると同時に、自分にだけ一途に尽くし自分の子供を保護してくれる男を求めている。

女は自分の生んだ子供が、例えば息子だった場合、たくさん次世代の女とセックスして遺伝子を残せる強い息子になってもらう必要があるが、と同時に、その子供が成長するまできちんと育て上げなければならないからだ。

ここに女の望む男性像への矛盾というか、我儘さがある。簡単に言えば、モテてやりまくれる男が好きだが、と同時に、自分にだけ一途に尽くし、浮気をしない男だ好きだということだ。

その2つを兼ね備えた男はいるかもしれないが、限りなく少ない。モテる雄にとっては、誠実に1人の女にのみ尽くすメリットが生物的にあまり無いからだ。もちろん人間社会においては、結婚制度などもあり、モテる男も表面的には一途に見えたりもする。しかし、モテる男は少なくとも若い時にはやりまくっている。結婚してからも隠れてやってる男も非常に多い。

モテない男が非モテコミットをすることは、あながち戦略的に間違いとは言えないのは、一途で自分だけを見てくれる男を女が求めるからだ。ただし、女が真に求めているのは、あくまでモテた上で、かつ、自分だけに一途な男なのだ。悲しいかな、ここに男と女の埋まらない溝がある。

しかし、いずれにせよ、己の遺伝子の強さで勝負できないと無意識にも感じてしまったモテない男は、女への次の訴求ポイントである「一途さ」や「誠実さ」や「優しさ」で勝負しようと行動する。それが非モテコミットと呼ばれるものだ。

そして、それは多くの女にとって不快に映るという悲しき現実。なぜなら、女にとってその「一途さ」「誠実さ」「優しさ」は、モテない遺伝子を持つ男に孕ませられてしまう「危険なもの」にしか見えないことが往々にしてあるからだ。モテる男の一途さ、優しさはかっこいいものだが、モテない男の一途さ、優しさはストーカー扱いされる理由はこれだ。

したがって、女にとって不快に見える可能性も高い非モテコミットをやめて、モテる男のように”振る舞う”ということは1つの合理的な戦略だろう。”振舞う”と書いたのは、女を魅了するには、実際にモテなくてもいい。モテる男のフリをうまくするだけでいいのだ。女にとって、本当にモテる男とモテるフリをしてる男を見分けることはしばしば困難だからだ。上記の本で、主人公が根本的には何も変わっていないのに、やりまくれるようになるのも、モテる男のフリをすればいいだけだからだ。

それは、この社会で本当に強い奴が利益を得るのではなく、強そうに振る舞う奴、声の大きな奴が利益を得ることに似ている。人間は強い者、モテる男に弱いのではなく、強そうに振舞う者、モテそうに振舞う者に弱いのだ。

だが、しかし、俺は言いたい。非モテコミットをやめ、モテるフリをすれば、セックスはできるかもしれない。しかし、本当に愛したい女が、ソウルメイトとなる相手は、そんな小手先のテクニックでは見つからない。見つからないどころか、嘘のない本当の自分を愛してくれる女を、見逃すことになるだろう。表面的な騙し合い、駆け引きでセックスはできても、真実の愛は見つからない。

私はこれまで、S男のフリをしたり、堂々とした男のふりをしたりして、女と付き合ってきた。ソフトM的な自分の性癖も我慢してきた。しかし、そんなアプローチで本当の満足は、幸せは見つからなかった。

誠実に愛することのできる男は、きもいといわれようが、なんだろうが、自分に正直に、好きな女にありのままの自分で精一杯コミットすべきだ。ありのままの自分を好きな女がいるかもしれないし、いなければいないで仕方ない。これは男だけの話ではない。女もだ。駆け引きはやめろ。みんなの幸せのために、皆が正直になるべきだ。

俺は、俺の恋にコミットする。非モテコミットメントなどと言いたい奴には言わせておく。非モテコミットメントにより、本当の幸せが、本当の愛が見つかることを証明したい。

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