射精代替行為 芸術は射精なり 生きるとはオナニーと見つけたり

生き方

かつて岡本太郎は「芸術は爆発だ」と言った。何の爆発か。エネルギーの爆発である。もっと言えば、性エネルギーの爆発であることが多い、と思う。つまり、男にとっては射精である。芸術とは性エネルギーの昇華であるとは多くの人が言ってる。

スピッツの草野マサムネ氏は、作った曲のほとんどがセックスと死をテーマにしているというようなことを言っていた。芸術に限らず、運動でも学問でも性エネルギーの昇華が多いとは、こんな場末のブログで言うまでもなく、多くの人が言ってる。

文学もまた然り。行間から精液がにじみ出るのが見える。汚くなんてない。美しいものだ。

単に書くことだって同じだ。このブログだって、オナ禁が継続している時は、更新も多くなる。文章を書くという行為で性エネルギーを昇華しているんだ。見えるでしょ、俺のオナニーが。

そうすると、俺たちの人生活動そのものが性エネルギーの昇華と言えなくもない。種を残すということはそれほど生物にとって重要で、かつエネルギーを必要とすることだ。

俺たちの人生そのものがオナニーだと言えなくもない。ポルノを見てオナニーを楽しむか、仕事という名のオナニーを楽しむか、学問という名のオナニーを楽しむか、芸術という名のオナニーを楽しむか、余暇という名のオナニーを楽しむかは、全て俺たち次第というわけだ。

武士道とは死ぬことと見つけたり。自己満足のために、どんなオナニー人生を送るか。どうせオナニーするなら人を喜ばせるオナニーがしたいものだ。

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