0か100かの生き方 60を目指す生き方

0か100かの生き方は一見かっこいいし、聞こえもいい。完璧に生きるか、完全にだめになるかだ。でも実際にはどんなに頑張っても100を取れることなんてほとんどない。

時間を使って、心身を削って頑張っても80くらいが関の山だ。また逆もしかりで、どんなに落ちても0になることなんてない。てきとーにやっても死なないし、たいして駄目にもならない。20くらいで止まる。

抽象的な話になったが、言いたいことはなんでも完璧目指すんじゃなく、ちょっとだけ頑張れば自分を認めてあげようということだ。100とれないんだったら、もう全部諦めて終わりという考え方はもったいない。

オナ禁もそう。運動もそう。仕事もそう。何か勉強する時もそう。完璧にやらなくて、続かなくて全然悪くない。少しでも良い方向に向かっていればよしとする寛容さが人を良い方向に導く。

時間かけて一つのことに100を狙う生き方を俺は否定しない。でも、人間の幸せにとって、心身の安定にとっては、そこそこに続けて何度も60くらいを取る生き方の方が効率がいい。仕事だってそう。

俺は100を目指し、太く短く人生を生きたいとそう思ってた。でも自分はそんなかっこいいタイプの人間ではなかった。だからといって、自分を、人生を終わらせられるわけはない。

俺たちは今の自分を受け入れて生きていかねばならない。否が応でも幸せを人間は目指す。どんなに惨めになっても人間は不幸を目指せない。

俺たちの人生はこのまま続いていく。劇的な変化など俺たちには起きない。今の自分を受け入れて、少しでも頑張っていきていれば、自分をよしとしてあげたい。

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