夕暮れに街に出る

生き方

仕事を定時に終えて、久しぶりに夕暮れ時に街に出た。みんな働いてないのかっていうくらい人が溢れてる。

半年以上平日のこんな時間に街に出ることはなかったから、新鮮な気持ちだ。

金曜といえば、翌日が休みだからという理由にならぬ理由で遅くまで働くのがここ数年間の常だった。

俺がオフィスであくせくしている間も繁華街には人が溢れ、南極には冷たい風が吹き、常夏のビーチでは燦々と輝く太陽の下、波が打ち寄せてる。

自分だけがあくせく働くのが馬鹿馬鹿しく感じる。これは自己中な考えなどではない。人間として自然な感情だ。

日本人は働きすぎ、働いた気になりすぎなのだ。

その仕事でいったい何を社会に提供してる?誰を幸せにしてる?もっとテキトーに、出鱈目でいい。

毎日終電過ぎるまで働いている同僚が「日本人は、日本人の仕事の緻密さ、レベルの高さに自信持っていい。外国人はテキトー過ぎる。」と言っているのを聞いて違和感感じた。

その緻密な仕事でどんな価値を社会に提供したのか。限界効用、機会費用。そのレベルの高い仕事、緻密な仕事をするため、どれだけの時間と犠牲を払い、その代わりにどれだけの価値を生み出したのか。

雑でいい。テキトーでいい。ぐちゃぐちゃでもいい。俺たちの人生そのものが、そんなにパーフェクトなもんじゃない。

日本のサービスはすごいなんて言っている人がいるが、そのために何を失って、何を生み出したのか、比較しなければならない。家族との時間、自分の時間、健康など、犠牲にするものが、生み出すものより大きければ、それはレベルの高いサービス、仕事などとは言わない。社会全体で見た場合、ただの馬鹿だ。

効率とか、生産性なんかの問題じゃない。社会が共有する価値観の問題だ。

もっとみんなが自分の人生を大切にできる社会の価値観に変わってほしい。良い意味でてきとーな社会に。サービス低下でけっこう。仕事が雑でけっこう。そちらの方が社会全体の幸福の総量は上がると思う。

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